2013年のイタリア、ランペドゥーサ島から始まり、2022年の新型コロナウイルスのパンデミック下のマルタの訪問までを旅する第266代ローマ教皇フランシスコのドキュメンタリー。

 監督はジャンフランコ・ロージ。「海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~」「国境の夜想曲」など、ナレーションを排し、美しい映像で語り、国際映画祭で絶賛される私の好きなドキュメンタリー作家だ。

 彼が映画にするのは、2013年の就任以来9年間で、53か国を訪問しているローマ教皇の旅そのものだ。かといってすべての映像をロージが撮るわけにもいかず、この作品は、約800時間分の膨大なアーカイブ映像と、カナダとマルタへの訪問に同行し新たに撮り下ろした映像を交え編集されたものだ。

 イタリア移民の子としてブエノスアイレスに生まれたフランシスコ教皇はラテンアメリカ出身のイエズス会初のローマ教皇に選ばれた人。だから、旅の途中では、世界中の人々の熱狂的な歓迎を受ける。その国の貧困層の人々が多い地域を、オープンカーで回る姿は感動的でもある。ただし、それはそれで、その国の支配層が行いたい、貧困層、抑圧される人々のガス抜きにもなっているのかも知れない。

 教皇は、物言う宗教家でもある。貧困問題やテロ、国際紛争、難民問題、特に兵器などの武器を徹底的に糾弾する。それだけに、物言う教皇に期待する人々も多い。カトリック教会の性的虐待事件解決に期待する被害者たちも居て、思わず彼が「証拠が出れば厳しく対応する」と述べたことを後に反省する言葉も映し出されている。「証拠」という言葉こそが性虐待被害者の人権を著しく侵害していることを詫びたのだ。

 また、教皇が他の宗教者や他の宗派間の融和を求め、過去に教会が行ってきた「改宗」なども批判した。いわば信教の多様化を受け入れた姿勢、そんな姿は旅の中で多く見られる。カナダの先住民族の同化政策批判にも及び、痛快でもあった。

 しかし、この映画で描かれない部分も知る必要はある。例えば女性の妊娠中絶問題や同性愛に関しては保守的だ。

 映画に戻ろう。そんな教皇の旅での多くの発言が収録されているので、ロージ監督の過去の作品のように、映像から読み解く努力は必要ないものとなっていて、私にとっては軽い作品に感じた。正しいことを正しく発言する部分を集めた映画は肌触りが良い。それで良いのかという批評点も提示しておきたい。(被写体を批判はしない。映画としてどうなのかということ)

 そしてさらに、気になる点は、教皇は2019年に日本を訪れている。飛行機から見る富士の美しさは描写されていたが、原爆ドームの前でのコメントは、何故か省略されている。その時、教皇は「核兵器は安全保障の危機から人を守らない」との見解を示したはずだ。全くの無音になっていたのは、何かへの忖度かと疑いを禁じ得ない。

 2023年10月公開。