「熊とは何か?その答えは映画の中にある」これは公式HPのコピー。ジャファル・パナヒ監督の新作は、いきなりワンシーンワンカットの冴えたシーンから始まる。どうやら、この舞台は、女性がヒジャブを付けていないから、トルコかどこかだろう。映画の撮影画面だ。

 パナヒ監督役の監督は、この映像をリモートで指示しているのだが、トルコ近くの、とてつもなく田舎の村は電波が途切れてしまうのだ。

 つまり、本作はパナヒのいる封建的なしきたりにもめる村での出来事と、トルコからより自由なヨーロッパへ密出国しようとするカップルの物語が、どこまでがドキュメンタリーか?フィクションか?が分からない二重構造で進行していく。どうです?面白そうでしょ。

 ジャファル・パナヒ監督と言うと、「チャドルと生きる」や「オフサイド・ガールズ」など、三大映画祭で多くの賞を獲得してきたイランの監督だ。そして、その作品性から、イラン政府から映画を取ることを禁止されながらも、独自の映画を創り続けている。

 もちろん作品はイランでは上映すらされないが、世界では何とか形になった映画が、多くのファンに待たれている。その映画は毎回、アイデア満載で驚かされる。

 で、本作。「熊」のことは最後に書くが(熊はテーマじゃない)、まずは田舎の村の生活や人々が丹念に描かれていく。このあたり、師匠のアッバス・キアロスタミ譲りの人間描写が楽しめる。

 かと思うと、トルコのカップルは映画撮影と偽造パスポートの混乱で、危険な状態になったり、片や、のんびりした村の筈が、ここでもパナヒの撮った写真から、刃傷沙汰が起こりそうになったり、舞台が変わるとトルコでの映画に出演する女性から、パナヒ自身が責められる自虐的な場面になったり、全く目が離せないのだ。

 考えるに、トルコに近い村から、イランからトルコに脱出できたとしても、そこからヨーロッパへは、再び偽造パスポートや違法な業者の力を借りなくてはならない。世界はなかなか開かれないのだ。

 で、熊について。「熊が出るから気をつけて!」などの脅しは、彼らの世界だけでなく、「サタンに見入られるな!」とかもっと日常的には「バチがあたる」など、どこにでもある、他者を支配する常套手段でもある。「熊は、いない」とは簡単には言えないが、「いない」という勇気だけは持ちたいものだ。

 本作は見事、2022年ヴェネチア国際映画祭で審査員特別賞を獲得。しかし、公式HPでは、パナヒ監督はイラン政府によって収監されたという。(熊は出たね)どこまでが本当かは分からない本作だが、小スタッフでも、オンラインでも、小型デジタルカメラでも、面白い映画を創り続けるジャファル・パナヒには脱帽だ。

 2023年9月末公開。