韓国のチョン・ジュリ監督、「私の少女」以来8年目の新作の公開となった。ガツンと社会派の作品だ。実際の事件にヒントを得た、大手通信会社の下請けのコールセンターで教育実習生として働き始めた高校生が、真冬の貯水池で自死した事件と、その事件を捜査する刑事ユジンの行動を通して、現在の社会の労働環境や教育環境での根深い支配関係を明らかにしていく力作だ。

 映画は言わば2部構成で、前半は、事実に近い形で、高校生ソナの悲劇を時系列通りに描いていく。高校から大手の就職先として有給の実習生に出されるが、そこは通信会社の下請けコールセンター。通信契約を解約したいユーザーを引き留める部門。防衛率などの数字だけが、労働者の評価だ。顧客満足度は、だまされるユーザーの数字だ。あまり書いても仕方ないが、ほとんどの社会人ならおおよその経験はあるだろう。そんな中、ソヒは追い込まれていく。

 第2部は、その自殺事案を裏付け捜査するユジン刑事の行動と知りえる情報から見えてくる搾取構造と、成果主義。執拗に調査するユジン刑事にも何か訳がありそうなのだが、映画では伏せられている。

 成果主義と書いたが、これは数字化の目標だ。ネットなどの通信企業にとって、通信契約を増やし、会社に利益を上げることが正義であり、お客様への親切な案内とは、解約を阻止すること。「あの社員は親切で顧客にも評判が良い」などは数字にならない。そんなことが、企業だけではなく、教育機関である学校などにも存在する。就職率ではない、就業率だ。こんな、非人間的な評価とプレッシャーが若者の「生」を奪っていく。

 ダンス好きなごく普通の高校生ソヒを2001年生まれの、新人ともいえるキム・シウンが演じ、ユジン刑事を日本でもおなじみのペ・ドゥナが演じている。(「私の少女」でも警察官だった)

 「韓国って競争社会なんだな」なんて思う人は思い出してほしい。入社1年目の電通社員、高橋まつりさんが、過労自殺に追い込まれた事件。あるいは、利益を上げるために某中古車販売会社の詐欺行為。車をきれいに修理する技術者が、自分から傷をつけるなんて事、したいわけがない。だから、これは日本の現状でもある。(もちろん中国にも、米英にも)

 韓国では、本作の影響で現場実習生の保護を求める世論が高まり、業者側の責務を強化する「職業教育訓練促進法」の改正案、通称「次のソヒ防止法」が国会本会議で議決されたという。

 「そんなに辛かったら仕事をやめればいい」そんな言葉にも、ユジン刑事はソヒの自死を「自殺」ではなく「労働災害」だと考える。

 英語題は「Next Sohee」「次のソヒ」だ。熱血漢あふれるユジン刑事でも及ばない大きな壁がある。1刑事に手に負えることではない。映画を見てもらえば分かるが、静かに泣くことしか私たちにはできないのか?チョン・ジュリ監督はあるセリフをユジンに言わせている。「何かあったら誰かに話して。それは私でもいい」

 2部構成以外はごくごく普通の表現法の作品だが、しっかりと問題提議する作品だ。もちろん、映画の話だけではなく、この社会の現状に、ただ泣くのは嫌だ。できることはある。

 2023年8月公開。