「白い風船」(1995)「チャドルと生きる」(2000)他でカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの三大映画祭を制覇した巨匠ジャファル・パナヒの長男パナー・パナヒの長編デビュー作。

 ジャファル・パナヒはイラン政府から映画制作禁止を言い渡されながらも、その後も映画を撮りつづけている。そんな息子の映画という事で、配給元も何かと話題にしたいのだろう。

 また、ジャファル・パナヒの師匠と言うとアッバス・キアロスタミ。子どもや人々の営みを捉える巨匠であり、やはり話題になる。

 まずは、映画「君は行く先を知らない」にだけ集中していこう。

 面白い映画であることは間違いない。何故かレンタカーのような車で旅をする家族。足のケガをしギブスをはめ、不機嫌な父親と、少し口うるさいがユーモアも持ち合わせる母。車を運転する成人したと思える息子。まだ6、7歳の弟。そして、犬。旅行に興奮し大騒ぎする弟と無口な大人たち。

 そう、「行く先を知らない」「君」とは、この弟と観客だ。時折、ある最終地点を目指しているのかな?という感じはあるのだが、具体的な話はしてくれない。だから、面白い。観客は、この少年と同じように興味津々で映画に向き合っていく。

 公式HPではこうだ「怪我人の父は悪態をつき、母は昔の流行歌を口ずさみ、成人したばかりの長男は無言でハンドルを握っている。大人たちが口に出さないこの旅の目的が明らかになる時、私たちは深い感動に包まれる――」と、ある程度は予測できそうなのだが、憶測はこの映画を楽しませてくれないので止めておきたい。

 先ほど本作監督の父親のジャファル・パナヒとその師匠アッバス・キアロスタミの名前を出したが、どちらとも全く作風は違う。芸術派のイラン映画によくある、「どうしようもなさ」「やるせなさ」の抒情も入れてこないし、時折の長回しなどは日本映画のようでもあるし、中国映画のようでもある。時に、明るいタイプのファティ・アキン(ファティ・アキンには2タイプの映画がある)のようでもあるし、ガツンと濃いインド映画のテイストも感じられる。

 パナー・パナヒ監督は1984年生まれ。テヘラン芸術大学で映画を学んだという。多くの名作映画からインスパイアされたのだろうことは想像がつく。今後の活躍が楽しみな監督だし、彼の映画の独自性が××のようなから脱却する姿に期待したい。

 俳優も話題だ。両親役のモハマド・ハッサン・マージュニとパンテア・パナヒハによる人間味あふれる演技。長男役の新人アミン・シミアルの佇まい。暴れるお猿さんのような次男ラヤン・サルアクも素晴らしい。また、この家族、互いに名前を呼びあうことがない。それも、特定の事情を持った家族ではなく、監督にとって、観客にとっての家族を想起させる仕掛けのようでもある。

 カーステレオから流れる古い歌謡曲はイスラム革命以前のものだという。公式HPにもある文章の引用だが、主人公たちが一種の「泣かない挑戦」をしている作品。是非!

 2023年8月公開。