いわゆるアートシネマではなく一般作として観やすい映画だ。

 書ける範囲で紹介すると、クラシック界で指揮者として活躍する父フランソワと息子ドニ。そのドニが名誉あるヴィクトワール賞を受賞したところから物語は始まる。息子の名誉に素直に喜べないフランソワのもとに、ミラノ・スカラ座の音楽監督への就任を依頼する電話が掛かってくる。ドニも父の成功を素直に喜べない。が、翌日、就任を依頼されたのはドニで、父フランソワへの連絡は誤りだったというのが分かる。という所までが第一楽章。

 そして、ドニの煩悶が始まる。ライバルとはいえ、実の父親を悲しませたくない。かといって、ドニだって日本の小澤征爾にあこがれる世代として、スカラ座を諦めたくない。というあたりが第二楽章。

 で、第三楽章には父と息子がじっくり話す場面が用意されている。ここでは、息子の知らない真実と、指揮者同士が感じる恐ろしさなど。いわゆる名優二人の芝居の見せ場だ。

 そして第四楽章。ミラノ・スカラ座での演奏の初日。ここでは指揮とオーケストラの奏でる音楽が主役だ。

 本作がクラッシック音楽をめぐる映画なので、「楽章」という書き方をしたが、何てことはない「起承転結」である。だから、最初に書いたように、映画として新しい表現ではない。どちらかというと、やや使い古された形式だ。(だからといって悪いという事ではない)安心して身をゆだねられる感じはある。

 この映画には元ネタがある。本作は、マエストロである父と息子だが、イスラエル映画「フットノート」は宗教学者同士の親子を描いたものだった。残念ながら日本未公開だが、何故か私はネットで観ていたので、本作を観ながら、不思議と既視感があった。が、映画はまるで違うものだし、本作はクラッシック音楽の素晴らしさを体感させてくれるものだ。

 製作責任者のフィリップ・ルスレは「エール!」「コーダ あいのうた」にも参加しているので、音楽を映画的に扱う、それこそマエストロ。練習での指揮者のちょっとした解釈の伝達により、オーケストラの音色が変わるあたり見事な描写だ。また、映画の観客に「?」を投げかける仕掛けもある。ドニの恋人のバイオリニストは難聴なのだ。

 父親のフランソワにピエール・アルディティ。息子のドニに「ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール」のイヴァン・アタル。

 監督・脚本はブリュノ・シッシュ。

 冷房の効いた映画館の大スクリーンと音響で、クラッシック音楽と名優の饗宴を楽しむのも良いかもしれない。

 2023年8月公開。