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セラピストだより 2024年8月2日号
自己の神性講座
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あるてみすてんぷるの沙羅です。
自分の中の欲求ってありますでしょう。
誰でもあります。
この欲求をエドガー・ケイシーは「肉体的欲求」と「精神的欲求」と「霊的欲求」
に分けています。
こうすると分かりやすいですよね。
肉体的欲求に私たちは失敗することが多い。
ですからケイシーは「意志という創造力を霊化しなさい」と言いました。
エドガー・ケイシーの霊学をすると必ず初めに行うのが「私の意思ではなく」
とうことです。
私の意志ではなく、を頑張らないと♪などとおっしゃるのですが、
突っ込みどころ満載の人生を送っていませんか?(笑)
本当によ~く自分の人生を観察しないと、ここはすぐに
肉体に絡み取られてしまいます。
肉体に絡み取られるということは、何でも欲することです。
ここに打ち克つためには忍耐が必要になります。
親は子供のいいなりに与えている場合がありますので注意が必要です。
仏陀は際限ない貪りは人の心を苦しめる煩悩の代表だと言います。
それがダンマパダには「田畑は雑草によって害われ、この世の人々は欲求によって
害われる。それ故に欲求を離れた人々に供養して与えるならば、大いなる果報を
受ける。」と示されています。
田畑はほっておくと雑草でいっぱいになってしまいます。
すると実りから遠ざかってしまいますよね。
欲張りな心をほっておくと「あれほしい。これ欲しい。」と
雑草でいっぱいの田畑のようになりますよ。
これでは心がぐちゃぐちゃに荒れ果ててしまいますので、田畑の雑草を抜いて
綺麗にするようにしましょう。要は忍耐を培いましょうね。
そうすると果報を受け取りますよ、と。
何に対しても諦めずに向き合いましょうね。
講座が終わり「愛するということが自分を出さずにできるか。
人に対してやってあげたではなく、神に使われていると思う。
細かいエゴが入っていることが多い。
神が求められていることと自分の求めていることと一致させる。
ここを頭においてやっていく。」と感想をいただきました。
全てを聞けばいい、という「私の意思ではなく」ではなく、
どこまで行うかを見極めた「私の意思ではなく」を行いましょう♪