担当事件の判例誌への掲載② 裁判所から判例雑誌社等への開示ルール…開示とプライバシー等の調整
2 裁判所から判例雑誌社等への開示ルール … 開示とプライバシー等の調整
(1) 前の記事で書いたとおり,裁判所から判例雑誌社に直接,判決文が提供されることがあり,当事者や代理人の了解もなく,通知もないまま,判決文が判例集などに掲載されることがある。参考になる重要判例の公開は,その後の実務に必要であり,公共性があると思うが(→ (3)で詳述する),当事者の氏名等の開示はないとはいえ,個人の収入や後遺障害の内容が無断で公開されることに,抵抗を感じる人も少なくないかもしれない。
(2) 裁判所による判決書の開示について,東京地裁では,民事について,以下のように,運用を定めた書類がある(改訂されている可能性はあるが大きく変わっているとは考えにくい)(刑事についても同様ないし類似の書類がある)。
→ こちら (Y弁護士の請求により開示された司法行政文書。刑事分を含む)
・法律雑誌社等に対する判決・決定写し提供の便宜供与(総務課取扱い分)について(民事部・総務部申合せ)
→ こちら H29.11.21
→ 閲覧等制限の申出の有無(※),当事者等のプライバシーに対する配慮の措置等の有無,事件関係人が未成年か否か,等の事情を点検し,提供の可否及び条件を検討する/外部提供が相当でない部分があるときはマスキング
(※)申出中・審査中か否かの趣旨と見られ,申出を認める決定が出ている場合はその内容も確認する趣旨と考えられる。閲覧等制限を認めない決定が出された後も,過去に制限の申出があっただけで提供しない趣旨とは考え難い。
・法律雑誌社等に対する判決・決定写し提供の便宜供与(総務課取扱い分)についての手順書(広報係)
→ こちら R2.4.1
・法律雑誌社等への判決書等の写しの提供のについて(庁内書式)
→ 民事部・総務部広報課間の交付・連絡用の書式
・判決書等の写しの貸出しについて(民事・刑事共通,業者交付用の書式)
→ 業者交付用の注意書,条件があれば記載される
・判決写しの法律雑誌社への便宜供与に関する事務フロー
→ 閲覧等制限の申立てがされている判決書は対象とならない,との記載があるが,申立て中の趣旨とみられる。
・受領書(業者が裁判所に提出するもの,書式)
・民事部ガイドブック(R3.1.4) 5頁「4 判決書写しの提出」
・判決書写しの提出について(事務連絡) R29.9.29
なお,法律雑誌等に掲載されている判決は,東京地高裁の裁判例が圧倒的に多い,という指摘がある。
(3) 判例の重要性 ・・・ 立法の限界(あらゆるケースの予想・想定・立法化の困難)と司法の役割・判例の重要性
私は,英米の強さの要因の一つに,英米法の判例法主義があると考えている。
成文法主義(欧州大陸)・判例法主義(英米)といっても相対的で程度問題という面もあるが,英米法の方が具体的な事件における解決策(前例=判例)の集積である判例法を重視していることは間違いない。
立法・行政・司法の役割分担の中で,立法が形式的には最上位にある。
しかし,あらゆるケース,将来の変化を予測して,適切な法律を予め作ることは,困難である(立法の限界)。
そこで,行政が,法律を柔軟に運用したり,細目を政令省令などで行政自身が定める必要性が生じてくる。
また,具体的な事件・紛争において,双方が主張を尽くした上での,裁判所の判断(裁判例,判例)が重要になる。
英米法の判例法主義は,「立法の限界」「立法能力の限界」を謙虚に自覚し,あらゆるケースを想定して予め適切な法律を制定することなど,到底,不可能であることを前提に,具体的紛争が生じた後の判断結果の集積を重視した制度と言える。
私自身,司法修習前の事前研修の時から,類似案件の裁判例の調査には力を入れてきた。弁護士になった現在も,特に訴訟において,判例の調査は重視している。
前例・判例が公開されていなければ,類似の事件・紛争の先例を参考にできず,判例の集積・判例法の構築も進まない。
プライバシー保護や本人の意向を尊重する必要性と,今後の事件で参考となる判例公開の必要性の間で,裁判所は調整を行い,妥当な運用を模索しているものと考えられる。
(4) 憲法・条約が求める裁判・判決の公開
ア 憲法82条1項 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
2項 裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
イ 国際人権規約(自由権規約)14条1項 すべての者は、裁判所の前に平等とする。すべての者は、その刑事上の罪の決定又は民事上の権利及び義務の争いについての決定のため、法律で設置された、権限のある、独立の、かつ、公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利を有する。報道機関及び公衆に対しては、民主的社会における道徳、公の秩序若しくは国の安全を理由として、当事者の私生活の利益のため必要な場合において又はその公開が司法の利益を害することとなる特別な状況において裁判所が真に必要があると認める限度で、裁判の全部又は一部を公開しないことができる。もっとも、刑事訴訟又は他の訴訟において言い渡される判決は、少年の利益のために必要がある場合又は当該手続が夫婦間の争い若しくは児童の後見に関するものである場合を除くほか、公開する。 → こちら
憲法・国際人権規約上,判決は公開が原則になっています。