大阪の弁護士 重次直樹のブログ

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代表社員弁護士 重次直樹 (本部)重次法律事務所

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交通事故における賠償相場・実務基準と訴訟の実際 その2 後遺障害

後遺障害に関する主な損害賠償項目としては,後遺障害慰謝料・労働逸失利益(後遺障害逸失利益)がある。

 

 

これらについても,実務基準・賠償相場があるが,あくまで基準・相場であり,以下について,留意が必要である。

 

① 訴訟における後遺障害の等級認定は,自賠責保険による等級認定と,必ずしも一致しない

② 等級に対応する「実務基準」の賠償額と,訴訟で認められる賠償額は,必ずしも一致しない

③ 実務基準には,近時の急激な物価上昇が反映されていない

 

 

① 訴訟における後遺障害の等級認定は,自賠責保険による認定と,必ずしも一致しない

(+② 等級に対応する実務基準の賠償額と,訴訟で認められる賠償額は,必ずしも一致しない)

 

自賠責保険は(訴訟外では)大量・迅速・定型処理を行うが,訴訟で加害者等に請求する場合(加害者の任意保険が利用されるのが通常),個別具体的事情に基づき深く判断されるため,同じ認定になるとは限らない。

 

私の担当した訴訟事件では,自賠責の等級認定と訴訟での等級認定の乖離が大きい。これは,自賠責の等級認定が納得できる場合は示談や紛争処理センターで解決を目指すが,納得できない場合(等級認定が不当に低いと思われる場合)に訴訟提起を行うため,当然の結果といえる。

 

例えば,訴訟上の和解が成立した事案をみると,

 

㋐ 令和5年に訴訟上の和解をした事案(その1)

(1) 保険会社による自賠責の事前認定・・・後遺障害について認定せず,被害者が赤信号で交差点に入ったとして重過失減額

(2) 被害者請求による自賠責の認定・・・後遺障害併合14級,被害者側の重過失減額なし

(3) 訴訟上の和解における等級認定・・・後遺障害併合12級で和解・・・保険会社提示の32倍以上取得,1400万円以上増額)

 

保険会社から当初提示されたが額の32倍超というのは,これまでの担当事件の中でも最高レベルになる。もっとも,「非該当→12級」と訴訟にしては比較的低い等級のため,増加の絶対額は1400万円余と,目立って高額とは言えない。

 

㋑ 令和5年に訴訟上の和解した事案(その2)

(1) 自賠責(被害者請求)の認定・・・併合11級(醜状障害12級を含む)

(2) 訴訟上の和解における裁判所の認定

(ア) 慰謝料1400万円・・・6級に加算,5級大阪基準1440万円に迫る(11級なら400万円が基準)

(イ) 労働能力喪失率・・・35%(9級基準に同じ。11級なら20%が基準)

 

この事例は,後遺障害の態様が特殊で,自賠責の基準では評価し切れないため,裁判官が個別具体的な実情に合致した認定を行った事案といえる。・・・慰謝料は自賠責11級→訴訟5級付近へ,逸失利益(労働能力喪失率)は自賠責11級→訴訟9級(2級アップ)と,慰謝料で特に加算が大きかった(6等級近くアップ)。こちらは,加害者(の保険会社)が拒否した11級前提の示談案より,2750万円以上の増額となった。

 

㋒ 令和5年に訴訟上の和解した事案(その3)

(1) 自賠責14級

(2) 訴訟上の和解(当初12級前提の和解案,尋問後12・14級の中間的和解案だったが当初案より増額,後者で和解)

 

 

なお,自賠責保険金の場合でさえ,訴訟に至った場合,訴訟外と異なり,個別具体的に判断され,裁判所は自賠責保険の支払基準に拘束されない(最判平18.3.30,最判平24.10.11)。

 

最判平18.3.30(判タ1207-70,最高裁判所判例解説(民事)H18(上)p461,TKC28110840)

保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合には,公平かつ迅速な保険金等の支払の確保という見地から,保険会社に対して支払基準に従って支払うことを義務付けることに合理性があるのに対し,訴訟においては,当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべきであるから,上記のように額に違いがあるとしても,そのことが不合理であるとはいえない」

 

(参照条文)

自賠責16条の3(第1項) 保険会社は、保険金等を支払うときは、死亡、後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準(以下「支払基準」という。)に従ってこれを支払わなければならない。

(・・・名宛人は保険会社のみで裁判所は拘束されない)

 

 

 

後遺障害慰謝料の大阪地裁基準(平成14年1月1日以降の事故)

大阪地裁においては,後遺障害の慰謝料額について,上記のような裁判基準が公開されている(「大阪地裁における交通損害賠償の算定基準」(第4版)p11,p69。編著は大阪民事交通訴訟研究会:民事交通事故訴訟担当の裁判官の組織)。

 

 

 

 

自賠責保険金の基準(下掲)よりかなり訴訟基準は高額であるが,6級だから後遺障害慰謝料が1220万円というのは,あくまで基準であって,大阪地裁の訴訟で6級と認定された場合でも,1220万円より加算される場合もあれば,減額される場合もある。

 

 

自賠責保険における後遺障害慰謝料

【令和2年4月1日以降の事故】

【平成22年4月1日~令和2年3月31日の事故】

自賠責保険では,訴訟外においては,上記基準通りの支払いが行われる(自賠法16条の3)。ただし,自賠責保険であっても訴訟上の請求では,支払基準に拘束されず,個別に判断されることは,前掲最高裁判例をご参照。

 

③ 実務基準には,近時の急激な物価上昇が反映されていない。

 

前掲のように裁判所が公開している慰謝料の実務基準を動かすのは容易ではない。

 

しかし,消費者物価は平成14年から現在まで15%以上も上昇している。特に,2022年以降の上昇が激しい。現在の消費者物価指数は,2020年を基準(100)として112.1(令和7年8月)であり,直近5年で12%以上,物価は上昇している(2022年以降の直近3年弱で急上昇)

 

1級2800万円に物価上昇分15%を加算すると,3220万円となり,420万円も変わる。10%加算でも,280万円も変わる。

 

ちなみに,保険会社は近年,物価上昇を理由に,度々,保険料を値上げしている。最大手の東京海上は今年1月に続いて10月にも値上げ予定である。

 

→ NHK NEWS 東京海上日動 自動車保険料を10月から平均8.5%値上げへ

「会社はことし1月にも平均で3.5%値上げしていて、1年に複数回値上げするのは異例の対応です」

「自動車保険料をめぐっては、損害保険大手の損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の3社も今年度中の引き上げを検討しています」

 

ところが,後遺障害慰謝料の基準は,自賠責でも裁判基準でも,ここ数年の(特に2022年(令和4年)以降の急激な)物価上昇は反映されていない(なお,自賠責保険金の後遺障害慰謝料は等級により令和2年4月1日から若干増額されている・・・前掲)。大阪地裁基準については平成14年1月の事故から慰謝料基準を引き上げて以来,23年以上も変更されていない

 

損害賠償の主要項目の一つである後遺障害慰謝料についても,そろそろ15%~20%程度は増額変更を行う時期に来ていると思う

 

なお,ここ45年間の物価上昇の概要は,下記サイトが分かりやすい。ちなみに,過去150年くらいを見ると,物価・賃金の年平均上昇率は5%を優に上回る

 

☞ 世界経済のネタ帳 日本の消費者物価指数の推移(1980~2025年)

 

 

 

 

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