夏目吉信
【諱】吉信
【苗字】夏目
【朝臣】源
【通称】次郎左衛門
【生没】1518年ー1573年
【父親】夏目吉久
【母親】水野氏
【兄弟】夏目吉重
【正室】松下之綱の娘
【子息】
夏目吉治
夏目吉季
夏目信次
夏目吉忠
夏目吉次
女(中根可堅室)
【解説】
源満快の末裔で夏目国平を祖とする夏目氏の嫡男として生まれる。
松平家の譜代の家に生まれ、独立後家康の家臣として活動し。
三河長沢城攻めで軍功を上げ、板倉重定を攻めた三州八幡合戦の際には、今川軍の攻撃で家康方が総崩れになったときに、後殿を務めて、国府までの間、6度踏み止まり奮戦した。
後に家康から軍労を賞され備前長光作の脇差を賜った程、信頼を寄せられていた。

だが

三河一向一揆が起こると一揆側に加担し、鎮圧側の松平伊忠に囚われる。
除名され伊忠に使え、後日正式に家康の直属の家臣に復帰した。
三方ヶ原の戦いの時、吉信は浜松城の留守居をしていたが敗北が確定した家康の救援に向かう。
退却を進言するが聞き入れてもらえず、突撃しようとしたため強引に馬の向きを変えさせ。
自らは25騎を率いて、家康の身代わりになり殿を務め壮絶な戦死を遂げる。

後年息子の吉次は、口論となった同僚を斬り殺し出奔し名前を変えて徳川家に仕えてたが関ヶ原の戦いで家康に露見するが。
別に気にせず、大坂夏の陣では家康は吉次に対し

今こうしていれるのもお前の父のおかげだ、感謝している。

と礼を述べた。

【子孫】
吾輩は猫である 明治時代の文豪 夏目漱石は子孫である。