板垣信方
【諱】信方
【苗字】板垣
【朝臣】源
【生没】1489年ー1548年
【通称】駿河守
【父親】板垣信泰
【母親】不明
【正室】不明
【兄弟】室住虎登
【子息】
板垣信憲
酒依昌光
板垣信廣
女子(板垣信安室)
女子(板垣信興室)
女子(板垣信寛室)
【解説】
板垣信泰の嫡男として生まれ、武田信虎に仕える。
信虎の元で信濃国佐久郡侵攻の際に敵城十数を落とす活躍し、信虎の嫡男晴信(後の武田信玄)の教育係になる。
信虎が駿河に出ると甘利虎泰と共謀し嫡男晴信を擁立し、信虎から家督を奪うクーデターを引き起こしている。
その後、晴信らが信濃の各豪族と小笠原長時や村上義清らとの戦いで数々の戦功をあげ武田家の領地拡大に貢献するが・・・・
上田原の戦いで村上義清に敗北し、信方は甘利虎泰、才間河内守、初鹿伝右衛門と共に戦死する。

板垣氏とは?
甲斐源氏武田信義の三男板垣兼信を祖とする一族。
信方は兼信の次男頼重の子孫である。

自由民権運動で有名な板垣退助は血はつながらないが、家系的には子孫である。
後に戊辰戦争において武田家の家臣の子孫が帰ってくると甲斐の国に宣伝する戦略に出ている。