土岐定政
【諱】定政
【苗字】明智/土岐
【朝臣】源
【通称】藤蔵
【官位】従五位下、山城守
【生没】1551年-1597年
【氏族】明智氏→土岐氏
【父親】明智定明
【養父】菅沼定仙
【母親】菅沼定広の娘
【正室】鳥居元忠の娘
【子息】
土岐頼顕
土岐定義
直子(本多成重室)
【解説】
美濃明智氏の一族明智定明の息子。
本能寺の変を起こす、明智光秀とは同族関係である。
幼い頃に美濃守護土岐頼芸と家臣の斎藤道三の間の内紛があり、父定明が弟の定衡に殺害されたり御嵩城主の小栗教久の攻撃され菅沼定広の所に亡命 その後養子になる。
今川家から独立した徳川家康にスカウトされて家臣になり、姉川の戦いなどの徳川家の主要な戦いに参戦する。
功績を讃えられ甲斐巨摩郡切石に1万石を与えられて大名となり、菅沼定政から明智定政と改称した。
関東入封後、土岐本家が没落し明智から土岐に復姓する。
同族明智光秀が本能寺の変を起こすが、特に問題がなく改正したのは忌み嫌われていたわけではない。

明智氏系図
明智頼尚
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明智光継 明智頼明
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明智光綱 明智定明
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明智光秀 土岐定政
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明智光慶 土岐定義