松平清宗
【諱】清宗
【苗字】松平
【朝臣】源
【通称】與次郎
【生没】1538年ー1605年
【氏族】竹谷松平氏(松平氏分家)
【父親】松平清善
【母親】今川氏親の娘
【正室】松平好景の娘
【兄弟】石川家成室
【子息】松平家清・松平清定
【解説】
松平守家を祖とする竹谷松平家5代目当主。
松平本家当主松平元康(徳川家康)に父清善と共に同調し上ノ郷城攻略戦に参加する。
本多正信.夏目吉信.渡辺守綱などの松平家臣が一揆側に参加した三河一向一揆を鎮圧しその後、父から竹谷松平家の当主に譲られる。
吉田城攻略戦や龍拈寺口での戦闘に参加し負傷しつつも首を5つ獲得する武功をあげ、遠州攻略の際には家康に従っている。
長篠の戦いでは同族の長沢松平家(松平康忠)と深溝松平家(松平伊忠・家忠親子)と共に酒井忠次率いる奇襲部隊に参加、1582年には家康から興国寺城に任せられ小牧・長久手の戦いの際に嫡子家清と共に後北条氏の監視を行う。
小田原征伐後、関東に入封後武州児玉郡八幡山1万石の領主に就任。
関ヶ原の戦いの後、吉田藩主になり余生を送る。
【諱】清宗
【苗字】松平
【朝臣】源
【通称】與次郎
【生没】1538年ー1605年
【氏族】竹谷松平氏(松平氏分家)
【父親】松平清善
【母親】今川氏親の娘
【正室】松平好景の娘
【兄弟】石川家成室
【子息】松平家清・松平清定
【解説】
松平守家を祖とする竹谷松平家5代目当主。
松平本家当主松平元康(徳川家康)に父清善と共に同調し上ノ郷城攻略戦に参加する。
本多正信.夏目吉信.渡辺守綱などの松平家臣が一揆側に参加した三河一向一揆を鎮圧しその後、父から竹谷松平家の当主に譲られる。
吉田城攻略戦や龍拈寺口での戦闘に参加し負傷しつつも首を5つ獲得する武功をあげ、遠州攻略の際には家康に従っている。
長篠の戦いでは同族の長沢松平家(松平康忠)と深溝松平家(松平伊忠・家忠親子)と共に酒井忠次率いる奇襲部隊に参加、1582年には家康から興国寺城に任せられ小牧・長久手の戦いの際に嫡子家清と共に後北条氏の監視を行う。
小田原征伐後、関東に入封後武州児玉郡八幡山1万石の領主に就任。
関ヶ原の戦いの後、吉田藩主になり余生を送る。