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ここに何書きゃいいんだ!!
ということで、しばらくこのままで…

自分に正直に、いつまでも心はコドモ。でもオッサン。

四国から帰ってきて都会の便利な生活にドップリはまっている毎日ですが、放浪中に書いた日記をブログに遺しておきます。

全部で10日間なので2日ずつ更新していこうと思います。ついに、全貌が明らかに・・・笑

8月1日(1日目)

ついに旅立ちの日。

朝はゆっくりめに出発する。8時に自宅を出る。自転車が明らかに重い・・・。

ひたすらに西へ向かい、三宮・須磨・垂水を順調に通過。2時間弱で明石に到着。10時発のたこフェリーに乗船。

明石~淡路島を20分でつなぐフェリー。明石海峡大橋の圧倒的なスケール、まさに人間が神の域を目指したバベルの塔である。


10時半には淡路島 岩屋から再び自転車で移動開始。

国道28号線をひたすら南下。暑すぎるサンシャイン!後から分かったが初日で急激に焼きすぎて左肩が水ぶくれ。そして背負ってたショルダーバッグでこすれて破裂!なんたる無残な肩。


思ったよりも順調で、14時過ぎには南淡路市に到着。予定では自転車で鳴門海峡を渡る手段がないと思い、高速道路のパーキングエリアでトラックをヒッチハイクしようとしていた。

念のため南淡路市の区役所で行く術があるか聞く。すると役所の方全員が一緒になって探していただき、早くも僕は田舎の洗礼を受けるw

バスで四国に渡れることが分かり、急いで自転車をたたみ、バスに乗り込む。

区役所?の皆さん有り難うございました。

ヒッチハイクしなくて済んだことにホッとしたと同時にやや面白みに欠けた気もしますが・・・

15時半頃徳島上陸。兵庫県と徳島県の県境から再び自転車をこぐ。

ホッと一安心したのもつかの間、人生初めての一人野宿ということで場所探しに命がけでした。

徳島といえば大塚製薬のお膝元であり、あちこちに大塚関連の工場や馬鹿でかすぎる広告などがあったがそれどころではなかった 笑

とにかく陸上競技場で係員に野宿をさせてくれと御願いするも断られ、近くのキャンプ場を紹介される。

徳島空港近辺のキャンプ場に行くも、墓場の横、人の気配なく廃れていたので却下。

なんせ、お金払って野宿してられるか!邪道やねん!と思い、ビビリながらも自力で探す。

なんだかんだで日も暮れてきて、ますます余裕がない僕。

正直、野宿できる場所を探すのがこんなにも難しいとは思わなかった。

とりあえず腹減ったので道端の定食屋でがっつく。

腹いっぱいで動く気が失せたが、ケツに火がついていたので再び自転車へ。

近くの広場見つけたが、運悪く横のホールで関ジャニ∞のライブがあり女の子がたむろしている・・・。

こんなとこで見せ物なるわけにもいかないので、断念。既に日は落ち真っ暗のなか、近くの川沿いでようやく野宿を決意。

周りに水道もなく、トイレもないので目の前の川でバシャバシャ体洗う。途中で水が海水であることに気づく。気にしない~気にしない 笑

さすがにコンタク外すのに真水が必要だったが、近くに蛇口も見当たらず・・・。近所のおばさんに真水を頂く。神様!

その日は周りに人が来ないか気になって全く寝れず。テントの中は暑くてマジ初日から降参やった。



明らか体の疲労があるのに寝れず。寝返りの嵐。



早くも帰りたくなる 笑

初日はそんな感じです。

四国から帰ってきた翌日から僕の卒業したラグビースクールの夏合宿の手伝いに行きました。



僕は幼稚園からラグビーを始めた根っからのラグビー少年であります。



毎年この時期になるとOBとして中学生の練習を手伝いにいきます。



まあ、自分の運動不足解消も兼ねてですが。



3日間の合宿のうち、最終日は試合が各学年で行われるわけですが、小学生がコーチに怒鳴られながら懸命に相手に向かっていく姿は一見の価値ありですw



まだ自意識もはっきりしていない小学生が体を張るプレーは、大人の心を打ちます。



僕も見ていると昔を思い出し、とても懐かしいです。



僕の小学生の時の話です。



僕の学年は逸材揃いで、僕はリザーブとレギュラーを行き来するような子で、活躍する同期にコンプレックスを感じる小学生時代を過ごしました。



幼稚園から始め、小学6年生までの8年間はラグビーが決して好きではなく、毎週日曜日の練習が憂鬱でした。



そんな僕も6年生の頃からようやく自我に目覚めたのか、ラグビーというスポーツをうまくなりたい、楽しみたいと思うようになっていきました。



小学6年生の年に一度の県大会でのこと。



兵庫県内のラグビースクールが集まるなかで、強豪の伊丹ラグビースクールとの決勝戦の時だったと思います。



僕は非力ながらウイング(基本的に足の速さが求められるポジション。トライゲッター。)で出場しており、試合は接戦のまま終盤へ。



敵陣ゴール前、向かって左端でセットスクラム(サッカーでいうとフリーキック?)からの攻撃。



一般的に広いほうへボールをまわし、トライを狙いますが、ブラインドウイング(狭いほう)の僕にボールが回ってくる。



相手との一対一の勝負でしたが、ゴール直前でタッチラインへ押し出され、あえなく奇襲は失敗という状況でした。



トライが取れなかったこと、チームメイトに対する責任感もありましたが、なにより悔しかったのだと思います。



タッチラインの外に押し出された僕は試合中に泣き出してしまいました。



周りで多くの保護者やコーチが見ていたのですが、一緒に見ていた僕の父親が倒れて泣いている僕に寄ってきて声をかけに来てくれました。



その時にどんな声をかけられたのかは覚えていませんが、自分にとって心強かったことは確かです。



その後、僕がトライすることはなかったと思いますが、試合に勝ち、優勝しました。



その出来事が今でも覚えている数少ない記憶で、ラグビーに対するある種ターニングポイントだったのでは。



ラグビーに真剣に取り組み、初めて流した悔し涙でした。







なんの話かといえば、OBとして小学生の試合を見るといつもその時のことを思い出すということです。



自分を形作る節目、節目の出来事、覚えていますか?






こんばんは。



10日間の四国生活を終え、無事故郷神戸に帰郷中です。



神戸を自転車で出発し



明石



鳴門



徳島



室戸岬



高知



四万十



足摺岬



と廻る放浪でした。



自転車を押して山を登る毎日は結構キツかったですが、今思うと寂しいですね 笑



お遍路としては足摺岬の金剛福寺で切り上げ、結願には至らずでしたが仏の道の片鱗を感じることができたのでは。



一人だったので、正直モチベーションが下がりましたが、遍路を廻る学生と合流してからはかなり楽しかったです☆



とりあえずシャバに戻れることにホッとしてます。



ヒゲほったらかしでライオンみたいになってます。



自転車お疲れ様(*^_^*)



帰ったらゴシゴシ洗ってやるからね♪