エルム街の悪夢』を観ました。
といっても、リメイク版です。
ロバート・イングランド主演の、あの『13日の金曜日ジェイソンと対決したほうではありません。
リメイクだけあって、原点に返っております。
フレディが、何故鉤爪で悪夢に現れるようになったか?が解明されております。
私もエルム街シリーズはいくつか観たはずなのですが、フレディ誕生の秘密は観た覚えがありませんでした。
ある程度のネタばれで書いてしまいますが、高校生の男女(ターミネーター/サラ・コナークロニクルトーマス・デッカーとか、ジェニファーズボディカイル・ガルナーとか演じてます)が次々と悪夢にうなされて、フレディの餌食になるのは前作と同じです。
その男女は、フレディが生前、勤めていた幼稚園に通っておりました。
性的な悪戯をされたと信じた父兄に追い回され、廃工場に立て籠もったフレディを炙り出すために、火を点けられたのです。
フレディの爛れた顔は火傷が原因だったのです。
あまり覚えていないのですが、そんな話だったかな?
まあ、筋は通ってます
復讐するのが、親ではなく、子供というのも、親に与えるダメージはでかいという理由で理解できます。
意外性はありませんが、それほど突っ込み所があるわけでもなく、まあ無難に観れる作品です。
夢に出てくる怪物というコンセプトは、逃げるのも、倒すのも難しい、二十年前には画期的なものでした。
対抗しうる唯一の武器が覚醒剤かアドレナリンというのも皮肉ですね。
どのみち眠らない時間を後ろにずらすだけで、勝ち目がありませんが。

佐藤賢一著『剣闘士スパルタクス』を読みました。
佐藤賢一といえば、『王妃の離婚』や『傭兵ピエール』などフランス史小説で有名です。
私が読んだのは『双頭の鷲』とこのスパルタクスの話だけですが、フランス史の知識は半端ないです。
スパルタクスはかのカーク・ダグラス主演映画、『スパルタカス』の話です。
古代ローマ、ユリウス・カエサルが政界デビューする少し前、ローマを揺るがす剣闘士の大反乱がありました。
剣闘士は、己の生命を的に、血みどろの殺し合いを強いられる奴隷です。
ローマ市民の享楽のために奴隷たちは生命を削られていき、スーパースターとなっても有閑夫人の慰みものとされます。
特にスパルタクスは美形で剣の腕はずば抜けていたためにパトロンの夫人に弄ばれます。
ところが夫人の娘に手を出してしまい、夫人を怒らせてしまいます。夫人は財力を使ってスパルタクスを嬲り殺そうとします。
嫌気が差していた剣闘士仲間と語り合い、脱走します。
食糧を求めて略奪を繰り返すうちに、脱走奴隷たちが集まりだし、やがてローマ史上最大の奴隷による反乱となります。
スパルタクスは自分をただの剣闘士と自覚し、将の器ではないと困惑しますが、状況が許しません。
連戦連勝でローマ各地を転戦し、何も考えずに盲従する味方に悩まされながら進みます。
相次ぐ正規軍の惨敗に、ローマ政府(この頃は共和制)はクラッススを登用します。
クラッススは大富豪で、後にカエサルの盟友兼スポンサーとなる人物です。
スパルタクスクラッススの戦略に戦力を削られ、最後は滅ぼされてしまいます。
著者はスパルタクスを浮き立たせるためにクラッスス戦巧者であるかのように描写しておりますが、正直、史実クラッスス戦下手です。
後年、スパルタクス反乱鎮圧以外に戦功が無かったクラッススは、志願してアルサケス朝パルティアに遠征します。
ところがわずか三分の一に過ぎない軍勢を率いた名将・スレナスに翻弄され、シリアの砂漠で惨敗して戦死してしまいます。
ですから、まるっきりの素人です。
まあ、そこは小説的技法とでもいいましょうか。許される脚色だとは思います。
私が佐藤賢一の小説(といっても二作ですが)に不満を持つのは、戦闘シーンを途中で止めて、結果を書き、後で回想シーンを書くことです。
手に汗握るシーンから、「さあ、これからどうなるか?」と思っていた矢先、場面が急に変わり、結果が分かってしまっているのです。
凄くイライラします
何でこんな書き方をするのだろう?と長年不思議に思ってましたが、やっと理由が分かりました。
後書きの書評に、「小説にしかできない表現方法に拘り、アクションシーンは書いちゃいけないと思っていた」とありました。
なるほど 、ってあるかーい!

(゙ `-´)/

別にアクションが書けないわけじゃありません。ボクシングをやっていたらしく、きちんと闘う者の心理とか、間合いとかよくよく分かった上で表現されています。
しかも、そういう風に思っていたのは、この作品の前々作までで、「アクションシーンの楽しさに目覚めた」とあります。
だったらちゃんとやらんかーい!\(*`∧´)/

それでも中世ヨーロッパ史を書ける佐藤賢一塩野七生同様貴重な存在です。
盛り上げるべきところで盛り上げる、という表現者として当然のセオリーに、早く気付くことを願ってやみません。

ジェニファーズボディ』を観ました。
マンマミーア』のアマンダ・セイフライド主演です。もう一人の主役・ジェニファーは『トランスフォーマー』シリーズのイケイケ姉ちゃんミーガン・フォックスです。
ニーディアマンダ・セイフライド)とジェニファード田舎の町の女子高生で幼なじみです。
瓶底メガネニーディは冴えないのですが、彼氏が居ます。
一方のジェニファーはやっぱりイケイケで、男をとっかえひっかえしてます。
ジェニファーはある時、町で唯一のバーで催されるインディーズバンドのライブに、ニーディを誘います。
ジェニファーは尻の軽い本領を発揮して、ボーカルを誘惑します。
ライブ中に火事が発生、ニーディジェニファーは命からがら逃げます。店にいた何人かは焼け死にます。
放心状態の二人にボーカルが声をかけてきます。制止するニーディを振り切って、ジェニファーがバンドのバンに乗ってしまいます。
ジェニファーが心配で仕方ないニーディでしたが、家に戻って寝ていると、血だらけジェニファーが現れます。
火事の余波もおさまらぬ内から惨殺事件が次々と発生します。
バンドはいつの間にか、火災現場で献身的な救助活動をしていたことになり、人気が沸騰します。
ジェニファーの変化を感じたニーディは、ジェニファー悪魔にとり憑かれたと確信します。
とまあ、別に珍しくない話ですが、そう退屈でもないです。
ただ、決定的にマズいと思ったのが、演出です。
ジェニファーを最初からイケイケにしているのはいいのですが、悪魔になった後も変わらないのです。
普通、ダサダサの娘が悪魔になって綺麗に変身、とやるでしょう。
その悪魔にとり憑かれた原因は、冴えないロックバンドが売れるために、処女を悪魔に捧げ、夢を叶えてもらおうという儀式に端を発してます。
ジェニファーが処女でなかったために、ジェニファーは死なず、悪魔にとり憑かれたのですが、誰が見たって、ジェニファー処女だと思う人はいないでしょう。ちなみにニーディは処女でした。
こういう演出ミスが随所に見られます。
親友が悪魔になったのに、その事実に気付いたニーディには一向に、生命の危機がゼロ、全く感じられずじまいでした。
ホラーだったら、主人公を恐怖に貶めるべきでしょう。
もう一つダメなところがあります。
タイトルにボディと付くからにはお色気を期待してしまいます。
事実、モロにエッチなシーン(しかもアマンダ・セイフライドの)があるのですが、布団に隠れて見えません。
まあ、そういう女優ではないので、じゃあミーガン・フォックスは?というと、こちらも背中だったり、水の中でボヤけたりと、やっぱり出し惜しみしてます。
どちらも事務所的にNGなのかもしれませんが、だったらエッチなシーンを省けよ!

ヽ(`Д´)ノと言いたいです。
これ程分かり易く、演出が際立ってダメな映画も珍しいと思います。
それでもよくあるホラー映画よりは観れたのは、如何にホラーに駄作が多いか、ということです。