佐藤賢一著『剣闘士スパルタクス』を読みました。
佐藤賢一といえば、『王妃の離婚』や『傭兵ピエール』などフランス史小説で有名です。
私が読んだのは『双頭の鷲』とこのスパルタクスの話だけですが、フランス史の知識は半端ないです。
スパルタクスはかのカーク・ダグラス主演映画、『スパルタカス』の話です。
古代ローマ、ユリウス・カエサルが政界デビューする少し前、ローマを揺るがす剣闘士の大反乱がありました。
剣闘士は、己の生命を的に、血みどろの殺し合いを強いられる奴隷です。
ローマ市民の享楽のために奴隷たちは生命を削られていき、スーパースターとなっても有閑夫人の慰みものとされます。
特にスパルタクスは美形で剣の腕はずば抜けていたためにパトロンの夫人に弄ばれます。
ところが夫人の娘に手を出してしまい、夫人を怒らせてしまいます。夫人は財力を使ってスパルタクスを嬲り殺そうとします。
嫌気が差していた剣闘士仲間と語り合い、脱走します。
食糧を求めて略奪を繰り返すうちに、脱走奴隷たちが集まりだし、やがてローマ史上最大の奴隷による反乱となります。
スパルタクスは自分をただの剣闘士と自覚し、将の器ではないと困惑しますが、状況が許しません。
連戦連勝でローマ各地を転戦し、何も考えずに盲従する味方に悩まされながら進みます。
相次ぐ正規軍の惨敗に、ローマ政府(この頃は共和制)はクラッススを登用します。
クラッススは大富豪で、後にカエサルの盟友兼スポンサーとなる人物です。
スパルタクスはクラッススの戦略に戦力を削られ、最後は滅ぼされてしまいます。
著者はスパルタクスを浮き立たせるためにクラッススを戦巧者であるかのように描写しておりますが、正直、史実のクラッススは戦下手です。
後年、スパルタクスの反乱鎮圧以外に戦功が無かったクラッススは、志願してアルサケス朝パルティアに遠征します。
ところがわずか三分の一に過ぎない軍勢を率いた名将・スレナスに翻弄され、シリアの砂漠で惨敗して戦死してしまいます。
ですから、まるっきりの素人です。
まあ、そこは小説的技法とでもいいましょうか。許される脚色だとは思います。
私が佐藤賢一の小説(といっても二作ですが)に不満を持つのは、戦闘シーンを途中で止めて、結果を書き、後で回想シーンを書くことです。
手に汗握るシーンから、「さあ、これからどうなるか?」と思っていた矢先、場面が急に変わり、結果が分かってしまっているのです。
凄くイライラします。
何でこんな書き方をするのだろう?と長年不思議に思ってましたが、やっと理由が分かりました。
後書きの書評に、「小説にしかできない表現方法に拘り、アクションシーンは書いちゃいけないと思っていた」とありました。
なるほど 、ってあるかーい!
(゙ `-´)/
別にアクションが書けないわけじゃありません。ボクシングをやっていたらしく、きちんと闘う者の心理とか、間合いとかよくよく分かった上で表現されています。
しかも、そういう風に思っていたのは、この作品の前々作までで、「アクションシーンの楽しさに目覚めた」とあります。
だったらちゃんとやらんかーい!\(*`∧´)/
それでも中世ヨーロッパ史を書ける佐藤賢一は塩野七生同様貴重な存在です。
盛り上げるべきところで盛り上げる、という表現者として当然のセオリーに、早く気付くことを願ってやみません。