娘の小学校への道のりハート(夫と交代で毎日送迎でした、、、)
 

 

 

早いもので、気がついたら母が急逝してから1ヶ月以上経ちました。

 

 

 

私は仕事を始めて、毎日目が回るほど忙しいのですが、ふとした時間に、母と過ごした時間を思い出して、喪失感に襲われます。

 

 

 

同じく母親を亡くした友達が、

 

 

 

「ありえないことなんだけど、自分の親だけは死ぬわけがないと思っていた。」

 

 

 

と言っていて、まさに私も同じように思っていたと気が付きました。

 

 

 

母とは衝突することもあったけど、母なら大丈夫だろうという思い込みがあったので、いつも本音でぶつかっていけていた。

 

 

 

特に最後の数年は元気がなくて、大丈夫じゃない時もたくさんあったと思うけれど、大丈夫だろうと思わせてくれていた母には、感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

 

 

 

活発で努力家で、4人の子供を育てながら看護師として働いて、趣味の生け花や登山にも忙しく、

 

 

 

仕事を辞めてからは、ずっと近くの大学のオープンキャンパスに通って、仏教美術や漢詩を勉強して、中国やインド近辺に何度も足を運んでいたのが、

 

 

 

病気になり怪我をして、ここ数年は味覚がなくなって大好きな料理もできず、コロナで外に出れず、元気がなくなっていました。

 

 

 

去年は多分、相当無理をして私と娘を受け入れてくれたのだと思います。

 

 

 

日本に本帰国したのに、まともに親孝行もできないままお別れとなってしまったことには後悔が残りますが、

 

 

 

母は私が前を向いて人生を楽しむことを望んでいると思うので、もうそのことは考えず、私も母と同じように、与えられた人生を精一杯生きようと思います。

 

 

 

そして、母が天国でたくさん美味しいものを食べて、趣味に忙しくしてくれることを祈ります。

 

 

 

 

 

さて、今日は日本から少し近況報告です。

 

 

 

まずは娘、公立小学校での1ヶ月を終え、夏休み明けからインターナショナルスクールに入学します。

 

 

 

去年の一時帰国では小学校3年生に体験入学をして、担任の先生からも「頑張り屋さんで、ほとんどの学習についていけていてすごい!」と言ってもらえていたのですが・・・

 

 

 

小学校4年生は、ぐっと内容(と言うか日本語)が難しくなっていて、「ほとんどの学習でつまづいている」状況でした滝汗

 

 

 

(電車の切符を買う時に、毎回迷わず「English」を押す娘よ・・・笑い泣き

 

 

 

我が家は日本語教育にそこまで力を入れていなかったので、当然なのですが、一年で大きく差があるんだなと痛感しました。

 

 

 

実は以前に、「日本に帰国して子供を日本の学校に入れたいなら10歳までに」ととあるバイリンガルの帰国子女に言われていたのですが、

 

 

 

日本語での学習が急激に難しくなるのが10歳前後なんだと思います。

 

 

 

海外に住んでいて、「子供と一緒に帰国したいけど、日本の学校についていけるか心配」という親御さんにもたくさん会いました。
 
 
 
もし住む場所を選べるのなら、自治体によっては学年を一つ下げて編入することができます(私達が今住んでいる自治体はできる。)
 
 
 
1年でだいぶ変わるので、子供の負担は大きく減ると思います。

 

 

 

それから、日本の学校(教育)が心配という声もよく聞くのですが、私が子供の頃(40年前??)に比べて、学校もだいぶ変わっているようです。

 

 

 

一つには、学校の先生が子供をよく褒めるようになったと聞くし、私もそう感じます。

 

 

 

校外活動やグループワークでプレゼンテーションの時間なんかもあったし、先生の話を一方的に聞くスタイルから、今は自主的な学習活動にも力を入れているのかもしれません。

 

 

 

(娘がイタリアで受けていたIB教育に比べると、やはり先生の話を聞く時間が多いと娘は言っていますが)

 

 

 

娘の友達を見ていても、みんなとても素直で元気があって、いきいきとしています。

 

 

 

尊敬する故・坂本龍一さんもおっしゃっていましたが、

 

 

 

「日本の小学生と話していると、日本はまだ大丈夫だと思える」

 

 

 

というのを、日々感じます。

 

 

 

(中学、高校になると段々元気がなくなっていくともおっしゃっていましたが・・・アセアセ

 

 

 

大好きなイタリアを去ることになった娘ですが、私達の心配をよそに、日々目の前の新しいことに夢中になっていて、イタリアのことを思い出す時間もほとんどないようです笑

 

 

 

夫が、日本はイタリアと違いすぎて、娘が鬱になるかもしれないなんて心配していましたが、、、鬱どころか、友達もたくさんできて行動範囲が広がって、娘、絶好調泣き笑い

 

 

 

それから、私の社会復帰。フルタイム勤務なのに、まだ娘を一人にできないのは変わってなくて(数ヶ月は様子見です)、

 

 

 

今は夫も毎日出勤している上に、7月中旬に1週間の出張、今週は学会で毎日深夜帰宅、明後日からはまた1週間出張・・・

 

 

 

と、まさに、絶体絶命のワンオペ状態が続いているのですが、

 

 

 

児童館様様と、職場の協力により、何とか奇跡的に欠勤も遅刻早退もせずに頑張っています滝汗

 

 

 

特に児童館様には、もう足を向けて眠れない!(夏休みも毎日預かってくれるチューチュー

 

 

 

公共の施設は充実しているし(小学生は無料の所の多いこと!)、今後はファミリーサポートも利用する予定だし、日本のこういった環境は本当に恵まれているなーと思います。

 

 

 

そして嬉しいのが、何かあったらすぐに専門医に診てもらえること。これは本当にありがたい!!(海外に住まなければ当たり前だと思っていただろうな、、、)

 

 

 

言葉が不自由で、いつも半人前のように感じていた海外生活から、「自分のことば」で安心して暮らしていけるようになって、私の自信も急回復しましたチュー

 

 

 

というわけで、夫の仕事も、娘の学校も、私の仕事も、おかげ様で今のところ何とかなっていますお願いお願いお願い

 

 

 

10年のブランク後のフルタイム勤務(しかも残業もあり)といきなりのワンオペ状態で、身体は疲れている時もあるのですが、

 

 

 

心はとても元気になり、シチリアにいた時に感じていたモヤモヤ感とか、何もしていないのに身体がダルい感じがなくなりました。(和食と、毎日深いお風呂に浸かれているのも関係あるかも)

 

 

 

シチリアはとても素敵な土地だったし、今でも大好きだけれど、離れて考えてみると、特に最後の1年くらいは、私は抑うつ状態だったのかな、と思います。

 

 

 

ヨーロッパスタンダードに慣れてしまうと労働環境には色々疑問はありますが(ただでさえ休みが少ないのに、体調不良で休むのにも有休使うの?など、日本のスタンダードは厳しいと思うようになってしまったアセアセ

 

 

 

やはり好きな仕事をできているというのが大きいと思います。

 

 

 

私は母と同じく、じっとしているのが苦手で、好きな事を追求して忙しくしている方が元気でいられるのでしょうね。

 

 

 

今後、調整したり考えなければいけないこともたくさんあるのですが、とりあえず、前を向いて進んで行けそうです。

 

 

 

さて、今週は新しいお家に引っ越します。今日は、夫と娘は、先週も行ったチューブスライダーがあるウォーターパクへお出かけ、私は鍵の受け取りと大家さんに入居の挨拶に行きます。

 

 

 

引っ越しが終わって、娘の学校が始まったら、本格的な日本生活のスタートです。

 

 

 

応援してくださった皆様に感謝申し上げますニコニコ