これは私の想像ですが。
今沖縄にある米軍基地がなぜ抑止力になるのでしょうか?「抑止力」とは具体的になんでしょうか?
私が思うに、抑止力とは具体的には核兵器ではないか。米軍海兵隊の人数や通常の地上戦用の装備ではなく。
人員や通常兵器であれば、将来的に日本の自衛隊に置き換えてもよさそうなものですが、その置き換えができず、あくまで米軍にいてもらわなくてはならず、またいてもらうだけでいいのはなぜか理由を考えると、私には核兵器が思い浮かびます。
鳩山首相が、首相になる前は知らず、政権を取って初めて知ったことというのは、国内、特に沖縄の米軍基地に、実は核兵器があるということなのではないでしょうか。それを海兵隊かその関連部隊が持っているのかもしれません。海兵隊は海岸上陸作戦用の地上部隊だそうですが、基地には何か別の任務があっても不思議ではありません。
しかし日本は非核三原則の建前があるからそれを公言することはできません。たぶん国防上の最高機密なのではと思います。もちろんアメリカ側がマスコミの前でそれを公言してくれるはずもありませんし。
そのため、鳩山首相は「学ぶにつけ沖縄の米軍基地、海兵隊というものが抑止力として重要であることを知った」というあいまいな言葉でしか言えないのではないでしょうか。
また理想主義者のため、どうしてもそういう汚い現実を認めたくなくて、理想と現実の狭間で本人がずいぶん揺れ動いたのではないでしょうか。
そのせいで多くの国民から信頼を失いましたが。
中国やロシアが油断のならない国であり大量の核兵器を持っている以上、欧米はそれを封じ込めるように、東には太平洋の島、南はインド亜大陸、西はヨーロッパ、北は北極海やアラスカといったところに核兵器を置くのは戦略上当然のことということになりますし、沖縄にもその一環として核兵器が置かれているのではないかなと。ひょっとしたら本州にも。
などと想像してみました。
もしこの想像がそれほど外れていなければ、以下のような鳩山首相の言い分にも一定の理はあるのかもしれません。
「国民は国を守る発想持つべき」 鳩山首相
http://www.47news.jp/CN/201005/CN2010052601001144.html
鳩山由紀夫首相は26日夜、日本の安全保障に関し「この国はこの国の人々で守るという、すべての国にとって当たり前の発想が今の日本にはない」と危機感を示した。同時に「それが自然かどうかという発想は国民一人一人が持ち続けるべきではないか」と指摘した。
口で言うのは簡単なんですけどね。それを実現するためには具体的に何をどうするべきだと言いたかったのでしょうか?今の自衛隊では置き換えができないブツが問題の核心なのに。どうにもこうにも口が軽いので、どこまで本気で考えていたのか分かりませんが。本気で考えたら、憲法改正、独自の核武装ということになりますから。
日本の国防の基本は吉田ドクトリンです。日本の建前上の平和憲法と自衛隊と米軍基地と核の傘で、これまた建前上共産主義・平和主義で実は独裁国家の核による侵略を防ぐというものです。基地だけを移転させればOKという問題ではなく、全部密接に絡み合っています。
もし鳩山首相がその吉田ドクトリンを大きく変えたいというなら、建前を言うのはやめ、タブーを超えて憲法改正や核武装について国会で議論し、諸外国とも交渉すべきでしたね。
それができたなら私は他の問題には目をつぶって鳩山首相を支持しました。
その覚悟がなく、きれいな理想や建前だけを言い続ければこの現実を変えられると思っていたなら、やはり甘いとしか言いようがありません。
それだったら、吉田ドクトリンのほうがまだましなのです。