対馬の地名の中には、本山や白嶽、寄神、平(ヒラ)など古い時代の信仰形態の
残影を内包しているものもある。これらの地名は陸上からの視点で注目していたが、
今回は海岸部に多い平瀬について調査した。平の意味には斎場や祭壇、聖地などが
考えられる。
平は対馬で最も多い地名の一つで各集落には必ずと言ってよいほど存在している。
さらに近郊の山を大平山とも呼ぶ村もある。美津島町緒方や久須保など
では山頂で「嶽ン神祭」が継承されている。
四方を海に囲まれている対馬の海辺でヒラの祭祀が行われているはずと考えた。
そこで、『増訂対馬島誌』や「元禄絵図」などを紐解いて平瀬(ひらせ)を探した。
祭祀との関連は不明だが、北から順に列記する。
〇 上対馬町
マエヒラセ(豊)、ヒラセ(鰐浦)、ヒラセ(富ケ浦)、平瀬(芦見)
〇 上県町
平瀬(鹿見)、ヒラセ(刈生)、 八瀬平(佐護)
〇 峰町
ヒラセ(佐賀)
〇 豊玉町
平瀬(田)
〇 美津島町
平瀬原(大船越)、小平瀬(同)、平瀬原(久須保)、平ラ瀬(加志)、
平ラベエ(加志大島)、ヒラセハマ(吹崎)
〇 厳原町
平瀬(上槻)、大平瀬(内院納島)、小平瀬(内院納島)
以上の十七カ所を島内で確認できたが、どこも祭祀は執り行っていないようだ。
この中で特に注目したのが厳原町内院の沖合に浮かぶ神様の島「納(のう)島」
である。女人禁制の無人島で納島弁才天が祀られている。島には大蛇がいるとされ
祭典日以外に訪れる村人はいない。
小さな祠は島の北側の山腹にあり鳥居や石灯篭が寄進してある。伝説によると、
女の神様で女性が島に入るのを嫌うそうだ。興味深いことに納島の弁才天は
広島県宮島の厳島神社と関係があるという。
内院の大平瀬、小平瀬は納島から十㍍ほど離れた海中に浮かぶ瀬で隣会っている。
瀬からは祠に祀られている弁才天を仰ぎ見る格好になる。大昔、平瀬の上で祭祀が
行われていたという伝承はない。それでも大平瀬、小平瀬には大平山の頂での
祭祀を結び付けて連想してしまう。
平瀬の上での祭祀といえば、鹿児島県奄美大島の「平瀬マンカイ」が思い浮かぶ。
注連縄を張った神平瀬の上に神女五人が上がり祈祷する。少し離れた女童平瀬には
宮司ら男女七人が立ち太鼓を打ち歌い踊る。平瀬の上からネリヤカナヤに向かって
豊作の祈りを捧げる。神平瀬とは神聖な厳石の意味とされている。
対馬の平瀬については、これまで調査して人もいなかったようで資料もない。
あまりにも唐突な話で違和感もあろうと思う。しかし国内各地の平瀬を丹念に
調べると意外な発見があるかもしれない。そんなことを期待してアップしました。