小説第二話 合コン(東大編) | orizuruブログ

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保護した仔猫の成長記録♪生死をさ迷って・・・



いつものように太陽が東の水平線を昇り、この街にも静かな夜明けが訪れた。


いや? はずだった……


がーっ……


 バンバンバン


 ドカンドカン


自販機の横を手で叩き、正面を足で蹴る人影。


 カラン~カラン
 地面に落ちたコーラ缶。


 シューッ


「うまーっ」


少し猫背の姿が日に照らされて、やがて病院の裏口へと消えて行きました。


薄暗い通路を抜けてある部屋の前に立つと。


 トントンッ


「はい、どなた?」出て来たのは清掃係のいのさんでした。


「風邪の具合いどう?」


「まぁー、みき先生」


「お手伝いします、あとはどこのお部屋のお掃除?」


「いいんですか? 悪いですね、じゃあ風見先生のお部屋を」


心臓がドキドキと鐘を打つように聞こえました。
8階の風見医師の部屋をそっと開けると、整理整頓されてすっかり片付いた広い部屋、憧れの風見医師の部屋に入って再びドキドキするみきでした。


続き部屋を開けると書棚の片隅にさくらがいました。


「さくら、元気だった?」


すっかり太めになったさくらに安心して、ポケットからクッキーを出して与えていると突然ドアが開く音がして。


 ギクッ


ドアの隙間から覗くと風見医師でした。


『どうしよう』焦る、みき。
風見医師が椅子に座ったのを見計らって、そっと後ろを通って部屋を出ようとしましたが。


「いのさん、おはよう」


壁に張り付いたまま拭く真似をするみきに「いのさん、なんか背が伸びたんじゃない?」

いきなり腰を屈めて背を丸め、後ろ姿のまま風見医師に無言で頭を振りました。


「あとは僕がするから、無理しないで休んでいいからね」


後ろ向きで蟹歩きのようにゆっくりと壁を伝え歩きしながら、何とか廊下に出るドアに手がとどきそうになった時。


「いのさん」


 ギクッ ギクッ


「風邪、お大事に」


やっとの思いで部屋の外へ出ると、汗を拭きながらその場にへたりこんでしまいました。


「よし、会議の書類も揃えたし」と言いながら、さくらに餌を与えようとして気が付きました。


「んーっ? クッキー!」


その日は特に外来患者が多くてかなり昼休みも過ぎてから、やっと休憩時間が取れました。


「10円 20円 50円 おーっ、100円が2枚、全部で280円か」お財布の中を何回も覗いてはため息をつく、みき。


「今日のお昼は見るだけにしとこっと」


廊下の向こう側から、この10階展望台レストランにやって来る三人連れ。


「麗美(うるみ)、今晩のコンパどうするの?」


「そうねぇー、愛が急に出られないから急いで代わりを見つけないとね、男女8人だから欠員出せないし、パーティークイーンの名誉にかけて守らないと」


窓際の席に頼んだステーキ料理が運ばれて来ました、食べ始めようとした三人でしたが。


 もわーっ


 立ち込めるどんよりとした気配……


「なにか背筋が寒くない?」


「わたしもよっ、急におかしいわね」


怪しげな気の発する方向を見ると、廊下沿いのすりガラスにへばりついてこちらを見ている妙な人物。


「やだー、 何かしら? あのなま物?」


じーっと見入ると「脳神経外科の南野みきじゃない?」と一人が言いました。


「そうだわ、あれにしよう」


片手に分厚い本を持ちながら、ガラスに唇をつけて上から下へと中を眺めているその姿はまるでナメクジ。


「嘘、麗美止めてあんなの、大学のイメージダウンになるわよ」


「そうかしらー? わたし達のいい引き立ち役になるんじゃない」


手招きされたみきはお昼時の美味しい匂いに釣られて、ふらふらと窓側の席へと歩いて行きました。


「久しぶりねみき、座って。ランチまだでしょっ」


「うん」


「これ良かったら食べて、私あまりお腹空いてないから、それとちょっとお願いがあるのよ」


美味しそうなステーキに目が点になって、いっきに食べてしまったみき。


「あー、美味しかった」


「食べたわよねぇー、じゃあ合コン出て」


「えーっ? 合コン? そう言うの苦手だもん」ブツブツ


「食べ逃げ?」


「そんなぁー」口ごもる、みき。


「私達レジデントだって、たまには人間らしく息抜きも必要なんだから、じゃあ行きましょう」


手を引っ張られて、強引に駐車場の車に押し込まれてしまいました。


「何処行くの?」


「麗美の家、貸し衣装屋で美容室も併設してるのよ」


白亜の御殿のような立派な建物の中へ入ると、メークアーチストと美容師のチームが四人を待っていて。
みきの髪に触ると「カツラかと思ったら地毛なのね、不思議な髪」


一緒の三人があっと言う間に、美しく変身されて行く様子に目を見張りました、女の子って作られるのね……
ようやくとみきの髪もセットされて、ドレスルームへと案内されました。
赤やピンクに青、カラフルなドレスの波が続いていて「選べない、目が回るーっ」


「それではこのブルーは如何でしょうか?」どんどんとコーディネートされて、外へ押し出されてしまいました。


麗美が「わぁー、小顔なのね、こっちへ来て」


 バタッ


はじめての9センチヒールに歩けませんでした。
鼻血が出てしまい片方の鼻にテイッシュを詰めた、みき。


「合コンて大変なんだねぇー」


「言ってなかったけどダンスパーティーなの」


「えーっ? ダンス? 」みきは青くなりました。


「踊れるでしょっ?」


「んーとっ、小学生の時に手を繋いで踊った」


「それはフォークダンス」


「あー、あとねぇー、 夜、浴衣着て踊った」


「それは盆踊り」


「大学の歓迎会の時に暗い中で踊った」


「それはチークダンス」


「私が言ってるのはソーシャルダンス」


「はぁーー」


「お料理食べて相手の話を聞いて、相づち打ってくれてればいいからね。今晩は楽しんでねぇー」


そう言われれば、確かに今までガムシャラに勉強して医学部に入ることばかりを子供の時から決められていて、すっかり女の子らしい遊びやおしゃれも忘れていました。


中等部へ入学した時に、買ってもらった携帯。
もちろんあの伝説の無法のEらんどでの掲示板荒らしが唯一の楽しみだったみきは、友達と遊ぶことも忘れていました。


本郷にある東大、赤門をくぐってキャンパスに入るとちょうど日も暮れて来ました。
あまり綺麗でない校舎内も薄暗くて、階段を上りながら「こんなとこで本当にダンスパーティーなんてあるのかしら?」と思いました。
辺りがすっかり暗くなってしまった長い廊下を歩いて行くと、一番奥に黒っぽいカーテンがあって、その両脇に男子学生が二人立っていました。


「今晩は、ようこそ」


さっとカーテンがあがるといきなり明るくなって、広いスペースに出ました。

楽しそうな笑い声にリズミカルな音楽、それぞれに着飾った男女。
みき達を見かけて、フロアーのそばにいた男子学生が手を挙げました。


「お待たせ」麗美がそう声をかけた学生、有村 瞬は涼やかな目元に明るい笑顔が印象的でした。


「紹介します」そう言うと彼は一緒にいる他の三人を指さしました。


その中にかなり歳のいった男性がいて、麗美は瞬に「あの人、先生?」と尋ねました。


「うん? 学生だよ」


どう見てもあのかっぷくの良さと落ち着いた態度、学生とは思えません。
とっさにみき以外の仲間はその他の男子学生のそばに座ってしまい、結局みきがその先生風の学生の隣りに座りました。


「熊井です、あなたは?」


「南野です」


「飲み物持って来ましょう、何がいいですか?」


「じゃあ、コーラをお願いします」


割り方親切そうな感じにほっとしましたが、周りが楽しそうに談笑している中で、この二人は何処か浮いているような……


「いつもどんな事をしてるの?」


小さな声で「か、解剖」


「んーっ?」


隣りで聞いていた麗美がとっさに「か、華道よね」


「いけばなですかー、女性らしくて良いですね」


麗美がみきの耳元で「ダメだって、本当の事言っちゃ」
 

軽快なメロディが演奏されると、みんながそれぞれにパートナーと踊りはじめました。


「僕達も踊りましょう」


さっきからコーラばかり飲んでいたみきでしたが「ごめんなさい、私、踊れないんです」


「大丈夫、僕もダンスは苦手ですから、さあ」


立ち上がった熊井は身長が190センチ程ありそうな体格で、みきはびっくりしました。

『山だわぁー』心の中でそう思いました。


親切な熊井に教えてもらい、いちにっ~さんし……
フロアーの端で手を取り合って踊りました。


「ルンバです、簡単でしょ?」


「ええ、面白いです」


ルンバの音楽が流れる度にぎこちなく踊る二人の傍らを、優雅に軽やかに舞う瞬と麗美のペア。


「麗美のカップル、綺麗ね」


「それはそうよ、あの二人東日本ジュニアの部で優勝したことがあるそうですもの」


少し照明が落とされて次の曲が流れました、情熱的なタンゴ、曲名ジェラシー。
麗美と踊っていた瞬は「まずい、タンゴだ」と呟きました。

熊井が突然豹変したのです。
みきの左脇ばらに手を差し入れて、抱きかかえるようにステップを一心不乱に踏むその姿。
はぎれ良く音楽に乗って手を握りしめ、腕をぐっと伸ばして決めのポーズ。
後ろにめいっぱい上半身を反らされたみきの背骨がボキボキ鳴りました。


「アヒーッ」


何度も逃げようとしましたが、大男に拉致された華奢な体は空中を踊らされ続けました。
あまりの迫力にみんなの目が、この二人に釘づけになってしまいました。
すでに意識が朦朧してボロボロのみき。

テーブルに戻った麗美な達も、あまりのダイナミックなパフォーマンスぶりに唖然としてしまいました。


「あーっ、リフト、投げる、受け止める、タンゴにあんな技あったかしら?」


「見てみきの両足、さっきからずっと床に着いてないわ」


「抱きパンダを振り回してるみたいね」


 ぞーっ


「みき、生きてるかしら?」


「彼、タンゴの曲を聴くと人が変わるんだ」


「良かった、私、熊井さんの相手でなくて」女の子達が口々に言いました。


「でも彼すごいんだ、白癬菌(水虫)の研究を専門にしてて先行ノーベル賞もらうんじゃないかって言われてるし、実家は四国の材木王なんだよ」


「キャー、ビッグ」


「熊井さま、私と踊ってー」


ともかくこの場を脱出しなければ殺される、みきの頭にはそれしか浮かびませんでした。
曲が終わり部屋がまっ暗になって30分程のチークTIMEの後、明るい照明に戻った壇上では主催者の挨拶が始まりました。


「それでは今晩のクイーンを発表します、有村&加賀のペアです」微笑みながら手を振る麗美。


「そして今回はもう一組クイーンが誕生しました、熊井&南野のペアです」


ホールに割れんばかりの拍手と歓声、でもそこにみきの姿はありませんでした。



翌日、いつものように診察室へ続く廊下を歩いていると「あら? みき先生猫背じゃないわ」


「本当に姿勢が良くなってる、整体でも行ったのかしらね?」二人の看護師がすれ違いざまに言いました。


廊下の角を曲がろうとして、ギョッ「熊!」立ちすくむ、みき。


熊井でした。
両手に真っ赤なバラの花束を持って歩いて来ます。
隠れる所はなく次第に二人の距離が狭まって、そしてついに顔が合ってしまいました。


 ドキッ


「脳神経外科はこちらですか?」


「そうです」目を反らして上擦った声で答えました。


でも熊井は会釈すると行ってしまいました。


「分からなかったんだわ、よかったー」


ノーメークのみきを見ても、気がつくはずがありません。
売店で鼻唄まじりで菓子パンを買っていると肩を叩かれました。


「夕べはお疲れさま」麗美でした。


「あーっ、どうも」


「このチョコ美味しいから食べてみて、ゴティバのトリフ」


「うまーっ」


とろけるような柔らかと甘さに次々と食べてしまった、みき。


「食べたわよねぇー」


「えーっ?」


「みき、来週防衛大とのコンパだからよろしくね」


「アヒーーッ」


 
 (あ と が き)


タンゴを無理やり踊らさせられた時には、生きた心地がしませんでした。
だってー
空中遊泳しているようなあのすごさ!

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