小説第三話 冬のホタル | orizuruブログ

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保護した仔猫の成長記録♪生死をさ迷って・・・



「おーっ、さぶっ」


「おーい、大田」


「はい、榊原先輩なんですか?」


「こんな静かな夜は珍しいな、急患も来ないみたいだし、あれやるか」


「業者からもらった在庫まだありますよ、韓国ラーメン激辛」


「よしっ、食べるか」とその時、ドアがいきなり開きました。


「榊原君、大田君頼んであった献体室の仕事終わったのかしら?」


「あっ、すみません先生、忙しくてまだなんです」と言いながら手に持っていたカップ麺を後ろに隠しました。


「まだやってなかったの、あなた達」


「いいこと、後輩の南野さんは頼んだらその日のうちに片付けてくれたのよ、今晩中にやってちょうだい」


「やっ、先生もうすぐ夜中ですし、明るくなったらやりますから」


「駄目、今から二人で行って片付ける、分かったわね」黒メガネをかけた水野女史の目が睨みつけました。


二人は渋々地下三階にある献体室へと歩きながら「ついてないっすよね、先輩、それも南野なんかと比べられて」

この二人、国家試験に何度も落ち続けている榊原研修医と部類の怖がりである後輩の大田研修医。
特に大田医師は、ホール前でエレベーター待ちをしていたストレッチャーにかけられていた白い布から、亡くなられた方の足が出ていたのを見ただけで、卒倒する人物でしたから。


「下へ行くと段々と臭ってくるだろ、何年経っても慣れねえよな」


「せんぱーい」


「なんだよっ、気持ち悪い声出すなよ」


「噂知ってます? 出るって!」


「あーっ? 何が?」


「ですから不気味な女の声が聞こえて来るそうで、後ろから肩に手を置かれたとか」


「げっ、まじかよ? 行きたくねえなー」

 
献体室の前に来た二人でしたが。


「大田、お前先に入れ」


「えーっ、先輩一緒に入って下さいよ、怖いっすよ」


「仕方ねえなぁー、さっさとチェックしてラーメン食おうぜ」


二人が献体された遺体の数と損傷がないかをチェックしていると。


「いちまーい、にまーい、さんまーーい、血が・・・」しわがれた女の声が聞こえて来ました。


「しぇんぱーい」


「出たぁー!」二人は一目散に部屋のドアを閉めました。


廊下にも響く悲しそうな声。


「大田、この部屋なんだ? ここから聞こえて来ねえか?」


そう言いながら、ゆっくりとドアノブを回して隙間から榊原が覗くと。


中から髪がボサボサに逆立った老婆らしき女の顔が突然目の前に。


 ギャー


 ギャー ゾンビ!


二人は掴み合いながら、我先にと階段を駆け上がって行きました。


「あれっ? 榊原先輩と大田君、あんなに慌ててどうしたんだろ」


「でもどうしても一枚足りないわねっ」


「もうすぐクリスマス、憧れの風見先生にはやっぱり手作りよね」


慣れない手付きでクッションにアップリケを付ける、みき。


 チクッ


「また、針を指に刺しちゃった」


「ハートのアップリケ、何処に落としたのかしら?」


暮れが近づくと病院では家族が世話の出来る患者さん、重症でない患者さんは新年を家で迎えられるように外泊許可を出します。
病棟は空きベッドが増えてガランとしますが、元旦から三が日は急患が運び込まれて来て目の回る忙しさです。

明後日はクリスマス、どんよりとしていた雲間から夕方には白い雪が落ちて来ました。
夜には一面が雪景色に変わって、中庭は車のライトでキラキラと輝いて、誰もいない静まりかえった屋上。


「今年もお疲れさま、帰りにちょっと飲んで行く?」


看護師二人が息抜きに出た屋上。


「結構積もってる、寒いけどきれいね」ベンチに腰掛けて、タバコに火をつけ吸いはじめた二人。


 モソモソ


「んーっ?」


「ねぇ、何かこの雪、動かない?」


「疲れてんのよ」


「そうかしらぁー」


「キャー、動いてるわよ、やっぱり」


「幻覚、げんかく」


「なんで雪が動くのよ、このこのっ」一人の看護師がドタドタと踏みつけては雪を蹴りました。


「苦じーぃ」


「変ねっ、ちょっと人じゃない?」


二人が積もった雪を払い退けると、そこには確かに人が。


「やばぁー、患者さんかしら?」


看護師が倒れて冷たくなっている人間の顔に、ライトを当てると。


「南野 みき! 先生しっかり、どうしたんですか?」


「痛ーいっ、お腹が」


「見なかった事にする?」


「新聞沙汰になるって、ともかく内科へ連絡して」

「今晩はゆっくり出来るかと思ったが、急患が来たか」中年のかっぷくのよい当直医師が言いました。


「それが先生、南野先生なんです、屋上で倒れてたそうで」


「凍死か」


「まだ生きてます」


運ばれて来たみきを診察すると「南野、お前何を拾い食いしたんだ?」


「お前さんは見つけてもらって運が良かったぞ、しかし痣だらけだな」


そんな声を聞きながら、みきの意識は次第に薄れていきました。


「みき、みき」と遠くで呼ばれているような気がして、翌日ぼんやりと目を開けると。


男の子のどアップ顔。


「誰? ここどこ?」


「みき、気が付いたのね、ここ病棟よ」


「あー、急にお腹がすごく痛くなって」


「ぐっすり眠ってたから、採血は済ませといたわよ」麗美の声でした。


「どう気分、まだ痛い?」


「背中が少しねぇー」


「急性すい炎かも、でも心配いらないからちょっと食事制限してみよう」


「あの子は?」


「小児病棟、リフォーム中なんでしばらくこっちへ」


4人部屋を見渡すと窓際に高齢のお年寄りと小学生の男の子、廊下側に中年の女性とみき。


お夕飯のおもゆとスープをあっと言う間に飲んでしまった、みきは「足らないなぁー」


「これ召し上がれ」白髪の美しいお年寄りがおみかんをみきに手渡しました。


「ありがとう、お婆ちゃん」


「このマンガ本、面白いよ」禅ちゃんが本をベッドに置きました。


それをニコニコしながら中年の女性が見ているような、そんな病室の和やかな空気にはじめて触れた、みき。
夜の消灯前の30分、それぞれのベッドの上でお喋りをして笑ったりと、それはみきが今まで知らなかった患者としての病院での生活でした。


「じゃあ、皆さんクリスマスは家ですね」


「禅ちゃん、クリスマスプレゼントは何をお願いしたの?」


「サッカーボールだよ、僕喘息だから外にはあんまり出られないけど」


「お姉ちゃんは彼氏に何をお願いしたの?」


「彼氏! いません、そんな人」


「じゃあ、僕の彼女にしてあげる」


「・・・」ブッブッブッ


「今晩も降りそうね、クリスマスイブの雪なんてロマンチック」


ナースステーションの窓から外を見ていた看護師達です。


「風見先生、まだシンポジウムからお帰りじゃないし、今年のクリスマスは寂しいわね]


「オーストラリアからの帰りの便が分からないし」


「あっ、あれ見て」


「不思議とみき先生って、動物と子供にうけるのよね」別の看護師が言いました。


ナースステーション前をみきと禅ちゃんが、仲良く手を繋いで歩いて行く姿がありました。


「まるで小さな恋人」


「僕、明日お昼には家に帰るからね」


「そっかー、風邪ひいちゃだめだよっ」


「うん、分かってる」


その晩、みきは禅ちゃんが眠りについたのを見てから、布団を被ってアップリケの人形を作りました。
翌日、昼食を食べ終わった禅ちゃんは両親と手をつないで帰って行きました。


別れ際に禅ちゃんはみきに「この本あげる、好きでしょっ」


「ありがとう」そう言って、みきもベッドの間から夕べ作った人形を渡しました。


「あっ、これ僕?」


「そう、サッカーボールを蹴ってる禅ちゃんです」


「ありがとう、みき」


「クッ、呼び捨て・・・」


みきはちょっぴり淋し気な顔を残して、帰って行った少年の横顔を胸にしまいました。
夕方には病室に一人っきりになってしまって、テレビを見ていると。


「みき先生」


「あー、いのさん」


「お見舞い遅くなってすみません、蒸しケーキ持って来たんですよ」


「わぁー、嬉しい」


クリスマスケーキを食べ損なったみきでしたから。
その頃、研修医の集まる図書館では。


「おい大田、今晩の話だけど」


「先輩、予約バッチリですから」


「そっかー、それで可愛い子だろなぁー」


「もちですよ、もんじゅ焼きを囲みながらの4人のクリスマス」


「ふふふっ、楽しみだな」とその時、ドアがいきなり開きました。


「榊原君、大田君8階の非常階段のランプ付け替えてくれた?」


「えっ、明日やります」


 ジロッ


「水野先生、これから新しいのに付け替えて来ますから」


細菌学の水野医師の冷徹な目に汗を拭く二人でした。


「さっさとすまそう、彼女達を待たせると悪いしな」


二人が8階の廊下、突き当たりにあるドアを開けて外へ出ると真っ白な空間が広がっていました。


「さみーぃ、先輩早くしないと凍えちゃいますよ」


今日はクリスマス、風見医師にプレゼントを手渡ししたかったみきは、X'mas songを聴きながら8階の風見医師の部屋を訪ねました、でも真っ暗で。


「やっぱり帰ってないなぁー」


それでドアノブに袋をくくり付けました。


 ヒュー


「さぶっ、ドアが開いてる、不用心ね」


 ガチャッ


「んっ? 大田、今ガチャッて言わなかったか?」


「そうですかぁー?」


二人が振り向くと非常口が閉まっていて、力を込めて押してもびくとも動きません。


「まずーい、どうすんだよ」


「他のドアが開いてないか探せ」


「駄目すっよ、せんぱーい」


「大丈夫、俺はちゃんと携帯持って来たからな」自信気に言う榊原。


寒さでふるえる手、ポケットから携帯を出して開くと・・・


「電池残量がありません、充電してください」


 ゲーッ


「しぇんぱーい」


「大田、何事も基本だ、明日の朝、俺はお前とツララ組みたくねえからよ」


「大きな声でな」


「助けてぇー」


「だすけてぇー」


クリスマスの夜は更けて行きました。


寝相の悪いみきが眠りながら無意識に、ベッドの下へずり落ちそうになっている布団を足で持ち上げようとした時、誰かが布団をかけ直してくれました。


『看護師さん・・・』


 パタッ


ドアを閉めて出て行った後ろ姿を見て、目が覚めました。


カシャカシャカシャッ


何の音かと眠い目を擦ると、ベッドサイドのテーブルに置かれたゲージの中で風車を回す、さくらがいました。


「さくら! じゃあ、今のは風見先生だったのね」


枕元を見ると小さな小箱、開けてみるとオレンジ色の珊瑚のブレスレットが入っていました。


みきは急いで服を羽織ると風見医師の跡を追い駆けました。


病院の玄関前で追いついたみきを抱きしめる風見。


降り続く雪が二人をすっぽりと包んで、時折聞こえる何かの叫び声・・・


「何だろう、あの恐ろしい声は?」


「聞こえませんけどもっ」


「僕の気のせいかな? 長く飛行機に乗ってたからな」


「先生」


「んーっ?」


「幸せ」と微笑むみきの肩を風見が抱くと、二人は病院の中へと消えて行きました。


でも確かに何かの動物の声が・・・


「だずげでくれー」


「しぇんぱーい」



 ー 完 ー