今年は70回目の原爆の日であり、広島の平和祈念式典でも核廃絶に向けたメッセージが発信された。
しかしながら核廃絶は正しいのか、核廃絶後の世界は今よりも良い物になるのか、その上でどうすれば核が廃絶できるのかということになる。
そもそもアメリカが目指しているのは核廃絶ではなく核軍縮だ。世界を何回も焼け野原にするだけの大量の核兵器に寄る相互確証破壊のリスクを減らし、キューバ危機の様なチキンレースを避けているだけで、核抑止力を捨てるなんてさらさら考えていない。
しかしながら広島からのメッセージは核廃絶であり、これは本当に正しいのかを現実的に考えねばならない。
核兵器は生物兵器などと並ぶ大量破壊兵器であり、この核兵器は潜水艦発射型含む大陸間弾道ミサイルに搭載されて核抑止力による保有国の安全保障に貢献している。英仏は北海に、アメリカとロシアは北極海と大西洋にこの核ミサイルを積んだ潜水艦を待機させており、これにより戦争を抑止することが実現できている。これを廃絶させることは当事国の誰も望んでは居ない。
では強制的に廃絶できないか。廃絶という強制力を発揮できる候補として国連があると考えても無駄なことは自明だ。安全保障理事会常任理事国全てが核保有国だ。軍縮に応じても手放せと言われて同意するわけがない。英米仏が共同して中露を屈服させるような戦争でも置きない限りは無理だろう。しかし核抑止力のお陰でそうした全面戦争は難しいし、反戦のために戦争を起こすというみっともないことになってします。さらに印パや北朝鮮・イランに対しても強制力を発揮させねばならない。
つまり核廃絶は現実世界にとっては絵空事である。
絵空事と認めなければ9条教と同じだ。9条を唱えれば衆生に安寧が訪れるなんて事がないのと同じで、平和祈念式典を80年100年と続けても核兵器は廃絶されないし、戦争が無くなることもない。
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では仮に廃絶されたなら、世界は平和になるのか。これにも疑問だ。核抑止力が失われれば大規模な戦争のリスクが増えるし、結局どこかの国が抜け駆けして再度核武装するだろう。そうしないとしても通常兵器による軍拡で抑止力の低下を埋め回せようとすれば、不安定化を招くだろう。
結局現実的に考えれば、程よい核武装による抑止力が聞いている世界がよいことになる。