今回の総理談話は新聞の世論調査でも半数以上が好意的とでており、国内的には一定の評価を得た。
国際関係においても英フィナンシャル・タイムズは批判的な論調かつ誤解に基づいた批判をしていたが、それ以外は概ね好評で、アメリカのネッド・プライス報道官は「戦後70年間、日本は平和や民主主義、法の支配に対する揺るぎない献身を行動で示しており、すべての国の模範だ」と、さらに「安倍首相が、大戦中に日本が引き起こした苦しみに対して痛惜の念を示したことや、歴代内閣の立場を踏襲したことを歓迎する」と述べた。
3400文字近くを費やした談話で多くの言葉を連ねたが、それにより過去の日本の戦争が「侵略」などと一つの単語で評価できるようなものではないことをも暗喩することが出来た。
「世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込ん
だ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。」
たしかに武力侵攻は行ったが、多くは経済的事情だった。エネルギーやその他資源を求めた戦争で、いちいち書かないが、これは西欧各国もそうだったことを暗喩しており、分かる人にはすぐ分かる話だ。
また、日本の「侵略戦争」報道に感化されて、昔からそう単純に思い込んでいる日本人のうち何%でも疑問疑念を持って全体的な歴史観を持ってもらえたら良いと感じる。
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一方で中国を揶揄する一文もある。
「私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。」
日本の反省になぞらえて、さらに本は中国とは違うんだ、日本を責め立てるものどもは現在進行形の中国の侵略行為に対してどう行動するんだ、と逆に要求を突きつけているかのごとくだ。
戦争責任は敗者のみに着せられるものではなく、勝者と敗者が分かち合わねばならぬ責任だ。
敗戦は確かに日本に大きな傷を付けた。傷どころか瀕死の重体に陥った。しかし敗戦がもたらした結果を受けての反戦論は有害でしかない。なぜか? 勝っていたら反戦論に至らなかったであろうからだ。日清日露における戦勝の熱狂の裏返しでしかない、結果に流される危険な思想だ。
また村山本総理のように「安倍談話は中国の懸念を深める」などと、完全に中国の意を汲んだ活動を続ける人物が首相であったことが本当に恐ろしいし、それを嬉々として報道する朝日新聞も日本にとって非常に危険な存在だ。
物理的な戦争行為に思考を閉じたら見えなくなることが多い。
例えば謀略、暗殺、現在ではサイバー攻撃。オーストリア皇太子暗殺、ドイツのズデーデン割譲やポーランド回廊解消、盧溝橋事件はどう見ればよいのか。
安倍総理が言及したブロック経済化と経済封鎖。核含めた大量破壊兵器開発や領土紛争。
ことほど左様に開戦責任などと一国に責任を求める議論は成り立たない。
改めて日本の戦争が一方的な悪であると見なされてきた過去の歴史に対する穏当で暗喩を介した批判が見て取れるこの談話はなかなかの名分だ。
少し厳しい要求かも知れないが、北方領土・竹島・尖閣・拉致についても言及があればなお良かったが、文章がぼんやりしないように泣く泣く削ったのかもしれない。