自衛隊に自由にやらせると外国を侵略する、という論が通らないとなれば、今度は自衛隊員に犠牲が出ると言い出し、安倍首相が野次れば下品だ前科者だと審議拒否をする野党のその様は、意地汚い餓鬼のようだ。
日本の危機に自衛隊員が安全なところにいるなら自衛隊なぞいらない。今まさに口永良部島の災害出動でも自衛隊員が頑張っておられるが、災害派遣で火山の危険がないところでじぃーっとしていて自衛隊員が任務を果たせるはずもない。
自衛隊員になるには、最初に宣誓を行う。その結びはこうだ。
「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。」
これは教育勅語にある、「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」との類似性が印象的だが、とまれ、国民のために命を賭して戦う、任務にあたる、という宣言だ。
つまり、命は既に国家に預けられているということなんだ。危険を国家が要求すればそれでも進むのが自衛隊員だ。野党の反論作りごときに自衛隊員の危険が言及するとは、自衛隊員をバカにするな。
ちなみに大日本帝国軍人は世界一軍規のしっかりした軍隊だったと言われているのも、こうした教育勅語の精神が多くの兵隊さんに備わっていたからに違いない。
アメリカ軍の入隊式では「忠誠を誓う」といって「主従」の関係で宣誓式典を結ぶ。一方の日本は「自らを奉じて」結ぶ。これが日米、いや日本と他国との違いだ。
先の大戦での戦い方でそれは明らからだ。天皇陛下を代表とする日本国に奉じた命であるからがむしゃらに戦った。悲しいことだが命を捨てた特攻すら正当化された。
もし忠誠を誓うアメリカ人に軍が特攻を命じたら、多くのものが誓いを破っただろう。近いとは西洋文明における契約関係であり、契約は無限の服従ではなく必要に応じて契約は解除されるものだからだ。