私はサラリーマン時代にはとある上場企業のオペレーションの責任者を行っていた。営業、経理、企画部門と渡り歩いたオペレーション部門でまず驚いたことが、複雑で奇っ怪な作業ルールだった。普通に設計したら起こりえない手順やチェックルールを、ベテランへのインタビューなどを通じて紐解いたところ、その多くが過去の様々な事故に起因するものだったことが判明した。
過去こういう不良が出たからここでダブルチェック、過去こういう事故が起きたからこういう手順。普通の方が読めば、別におかしく思えないのだろうが、トヨタ生産方式にしても、リーンやシックスシグマにしても、こうしたやり方が推奨されているわけではない。
例えばトヨタではポカよけといって、間違いようがない設計に改めていくことでミスを減らしていく。例えば同じ径で長さの異なるネジを用いるネジ止め作業を同一工程で用いない、用いるとネジの取り違えが起こる。
馬鹿といっては失礼だが「凡庸」な設計者が様々な事故や不良に対して業務を足すことでこれまで解決してきた。チェック工程であったり、禁忌事項であったり全て足し算だった。
長い歴史を誇る生産ラインは、様々なルールが付加されてひどい状態になっていたが、私が着任後に再設計し、生産効率は倍以上に改まった。
このように事故が起こると凡庸な人間はそれに対して直截的に反応し、最適解から離れた対策を感情的に取っていく。地震が津波を引き起こし、原発事故が起きたから全国一斉に停止だ、もう原発は全部廃止だ。これがまさにそれと同じ反応だ。すべて外部要因で流されていく。自分なりの揺るぎない判断なんて縁遠い話だ。
「原発事故で考え方が変わった」これをいう言論人も居るが、あまりに凡庸な人間だ。
なぜか、彼らは原発事故が偶然起こっていなかったら今と考え方が違っているということだ。そんないい加減で自らの判断力を持たない人間は私は到底信用出来ない。
何か偶然起きる外部要因でコロコロと意見や信条が変わると言っているのだ。もしあの原発事故が無くて隕石が堕ちて人が死ぬ事故が起きていたらいまだ原発賛成派で逆に隕石の探索予算を増やせと言っているに違いない。
しかもこのように外部要因で意見を変える人間は喉元すぎれば暑さを忘れるのでおそら911アメリカ航空機多発テロの時はしばらく飛行機に乗らなかったし、今は平気で飛行機に乗ることだろう。テロの確率なんぞはいつでも対して変わらないくらいだし、差があっても無視できるほど小さいんだ。
どちらも発生確率は変わらないのに、起きた出来事に反応しているだけの三流の動物だ。人間らしく大脳新皮質や前頭葉を使ってくれ。
彼らは原発事故原発事故というが、人命が失われたのは津波だ。原発事故なんで正直どうでもいい被害しか出ていない。高レベル廃棄物と言っても量は少ないし、今貯めている汚染水などは欧米では規制に引っかからない低レベル放射能でお茶を飲んでも大丈夫なくらいだ。
一方で日本では沿岸部に大量の人が住んでいる。特に避難の遅い高齢者や学校施設すら沿岸部にある。これを問題視せずに何が原発反対だ。
東北は復興の名のもとに沿岸部の工事が進められている。しかしこの20年30年といったレンジでは、東南海地震などのリスクを重視すべきだ。東北に津波が再来する可能性と比較すれば、当面は東南海のほうが高い。高知が津波に襲われて数千・数万の人間が死ぬことだってあり得る。つまりは合理的に考えるならば、東北の復興はやっつけで住めればよく、今は津波対策の予算は別の地域に使うべきだ。ところがそういうことにならないのは、多くの日本国民ではこうした論理的な正論に賛成が集まらず、ひいてはそうした主張を上げる政治家もいないということだ。
世論がそうならないのはメディアの影響も大きい。東日本大震災やその後始末ばかりをペシミスティックに伝えるだけで、日本の未来に向けたことを取り上げようとしないからだ。東北と同じ時間とコストを掛けて東南海のリスクと対策を伝えるべきだ。