発熱は運命か | ツギハギダイアリー Version2.0

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輝いているフリをする、そんな生き物ばかりいる

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うぅ…。

おとといの夜、急に熱が上がり、同時に吐き気が。

ひやしま専科」という冷えピタの類似品みたいなものを貼ってみたけど、ほとんど効果なし。


今日になって熱は下がったけど、まだ気分が悪い。

これは風邪なのか、それとも別の病気か?!

食あたりなら一つ思い当たるものがあるけど…


・・・・・・


今日は『運命』について。

ベートーヴェンじゃないですよー。


運命というと、「彼はそういう運命だったんだ」とか「君は運命の人だ」とか、色んな場面で使われる言葉。

簡単に言うなら、物事があらかじめ決められているということ。

それは人間がどんなに努力しても変えられないという考え方だ。(別名「決定論」)


その考えを仮に正しいとするならば、既に完成されたストーリーを1日1日ただ演じるだけになってしまう。

これは大変なことだ。

このストーリーを描けるとするなら、それは人間ではなくて、もっと壮大な力の持ち主なんだろう。


でもそれはそれで、無くもないかなと思うことがある。

なんというか…上手い具合にコントロールされてるんじゃないか感じることがある。

「運命」とまではっきりとしたものではないけど。

例えば恐竜が突然絶滅したという事実。

恐竜はもしかすると、消える"運命"だったのかもしれない。

あまり深く考えると怖いのでやめておこう。。。


ただ、運命鑑定などというものは個人的に拒否反応がある。

それを利用して金儲けしている人たちは早くその勘違いに気づいてほしい(ちょっと過激発言かな)


明日自分が行うことが今既に決まっているとしたら、生きる気力を失ってしまうだろう。

自分で物事を選択・決定して生きているからこそ、成功もあるし、失敗もあるんだと思う。

そうじゃないと困る。


「運命は自分で決めるものだ」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。

これは自分の道は自分で切り開け!ということだろうけど、それは少し違う気がする。

運命は誰に決められるものでもなく、かといって自分で決めてしまうものでもない気がする。


風向きが気まぐれに変わるように、何かを辿るのではなくて、自由に彷徨うもの。

それはただの一瞬かもしれないけど、その一刻みこそが運命なのかもしれない。


そうであってほしい。


・・・・・・


◇ 今日の発見 ◇

ポータルサイトの翻訳機能はエキサイト翻訳よりもinfoseek翻訳のほうが賢い!!

(長文を英訳してみると差が出ます)