Akie Fukuda(平田亜樹のブログ) -2ページ目

2025年の終わりに

新年を迎えています。

昨年末、私は大掃除を計画して少しずつ進めていました。

恥を忍んで書きます。

洗面所に化粧品を置いているのですが取り出してみるとそれはそれはもう埃まみれでした。爆笑🤣

普段は洗面所で身支度をしないので時々埃に気付いてはいたのです。

そのうちにと思っていたのですが年末に整理を始めたのです。もう化粧品があちこちの籠から化粧品を買った時貰った試供品の数々。もう私はこれで死ぬまで化粧品は買わなくてもいいほど揃っています。


埃まみれになっている化粧品類を水で洗って同類のものを籠に入れ整理しました。

不要な物は処分してすっきりとなりました。普段私は食卓でほとんどのことを済ませています。

一日経つと郵便物が来てたちまちテーブルの上が封書、紙類で散らかった雰囲気です。

散らかり収拾がつかなくなる原因はこれだと思いながらさっさと片付けました。


今後は瞬時に判断して処理していく事が大事だと決意したのです。

翌日、庭の草取りです。真っ赤な椿が沢山蕾をつけていました。本当はピンク色の椿があったのですが、家を作り直す時処分してしまいました。ちょっぴり後悔しています。


とにかく要らないものは捨てる事が本当に大切です。物に支配されない事が大切だとしみじみと思いました。


まだまだ不要な物が沢山あります。しかし、捨てるには勇気が要ります。


おかげで随分とスッキリした部屋で新年を迎えました。

静かな誠実・・・小野田大臣

小野田大臣の言葉より

声高な正義より静かな誠実を信じたい!!

これは武士道の一環である。

やっとまともな日本になった。奨学金を受けて卒業後はひたすら借金を返済していく日本人学生の末路のことを想うと政治家はこれまで何をしていたのだろう。高市宰相でなかったら続いていたことだろう。このままいけば中華人民共和国の終わりの始まりである。

日本はこの国から陽明学、朱子学、仏教など取り入れた。中華人民共和国では宗教を一切禁止しているといわれている。

習近平政権がこのまま続くことは中華人民共和国がますます迷宮入りしていく。

一方、これを機会に、日本は真の独立国家になるべきである。

 

 

真の人間教育とはいかに

今、薩摩いろは歌を学んでいる。

ふと思い出した。

私は鹿児島県日置郡松元町立松元小学校で学んだ。今は鹿児島市立である。

松元という地名が消えた。

それはいたし方ないとして、クラスが【い】組と【ろ】組だった。

何十年も何も疑問に思わなかった。


しかし、今薩摩いろはからだと気づいた。

私は若い頃自分の故郷にあまり良い印象を持っていなかった。言葉も私が鹿児島県出身とわかる人は殆どいないくらい鹿児島弁は家庭以外では話すことがない。

おかげで、分からない鹿児島弁もある。残念な人である。


それは別として、島津忠良【日新公じっしんこう】によって和歌のかたちでその時代が荒んでいたことに憂え作ったと言われている。


昔のことかと思いきや、なんと鹿児島県の小学校では今も階段に貼られて子どもたちは自然に覚えていっているようである。


また、子どもが描いた絵と上の句を、例えば【い】と言っただけで、【いにしへの道を聞きても唱えてもわが行いにせずは甲斐なし】をさっと取るそうである。

それは薩摩の郷中教育【ごじゅうきょういく】で使われ西郷隆盛や大久保利通など日本🇯🇵を牽引していく人材を輩出した。


薩摩いろは歌はその後の武士道、教育勅語、軍人勅諭等を形成していくもととなったと言われている。


鹿児島県は確かに教育に力を入れる県である。私は長い間間違った解釈をしていた。

日本🇯🇵で最も貧乏県である。産業がない。男子は大学進学を機にほとんど鹿児島県に戻らない。


しかし、貧乏県になった理由が間違っていた。中学時代の担任の先生が退職後鹿児島県の観光ガイドをされている。その先生に教えていただいたのは、北海道へ当時の男性、普段は農業に従事していた下級武士の男性達が屯田兵として行ったことによると教えていただいた。


台湾統治初代総督の樺山資紀は薩摩藩出身である。先ず最初に手掛けたのが教育であった。教育が大切であるという理由である。人間教育である。今の模範解答を暗記するような教育ではない。


これはその後日本が併合した韓国やパラオ🇵🇼などでも先ず教育に力を入れていったことと繋がっていると私は思う。

もっと深めていきたい。