豊臣大坂城【本丸全景 千畳敷】 | 城郭模型製作工房

城郭模型製作工房

城郭模型作家・島 充のブログです。日本の城郭および古建築の模型やジオラマの製作過程を公開しています。

豊臣大坂城に戻ります。

千畳敷です。
私は幼い頃、宮上茂隆氏の『大坂城』(草思社)のこの絵を見て、心がときめいたのを思い出します。
{4156DC9D-24D0-4823-BB3F-CBB2011E0016:01}

あまりの感動に、小学生だった私は鉛筆でなぞっています(笑)日本建築の絵を描くのが好きな、変な小学生でした。
そんな思い入れのある千畳敷ですが、現実には史料がほとんど無く、全て推定です。
対面所を改築、増床し、内堀にはみ出す形で懸け造りだった、と考えられます。
千畳敷について詳細な考察をなさっているのは櫻井成廣氏で、様々な文書の記述から、部屋割りまで推定されています。
{68A10729-4694-4BD7-B0BC-94CEA99B6783:01}
(『豊臣秀吉の居城 大坂城編』より)

それでは製作です。
表御殿の周囲は、高さ二間の石垣で囲まれています。堀にはみ出すためには、この石垣を越えなければなりませんので、全体が二階建てと想定し、壁面でかさ上げします。
{10E7AA36-677B-4502-B26F-D6837F4DFCF2:01}
『義演准后日記』に、「千畳敷二階作云々。今度新造」とあるらしく、それにも合致します。
ちなみに櫻井氏はこの二階を下の写真のように復元しておられ、独特の姿です。
{8255D562-E63C-4A40-AB5C-D63086A7DE61:01}
(前掲書より)
宮上氏は、最初にあげた絵を見ると、二間の石垣を千畳敷の部分だけ取り払ってあります。
二階づくりとの記録があるので、私は石垣の分のかさ上げのため総二階になっていたと考えます。

次に懸け造りの木組み。0.5mmのプラ棒を使用。
{C90C9DFD-0193-4FA2-8BCB-62C9D9CE182B:01}

{2BAE8D7E-68C8-47FE-BADF-8F7E93249DB0:01}

とにかく小さい!
{110E002C-E38A-4644-A791-721DD8788ED8:01}

白髪になるかと思いました。

橋もかけました。『日本西教史』に、堀を隔てて舞台がつくられ、その往来のために橋が架けられたとあるそうです。
櫻井氏はこの舞台を、大変大きな舞台として推定されていますが、↓
{55C6C2C1-C6C5-43D5-BC64-E426709829FD:01}

私は通常の能舞台として作りました。

{693E9593-3716-487A-BA16-9B47A48B57B0:01}

ちっちゃ!地謡座までは作れませんでしたが、一応能舞台の様式に則っています。
舞台の下に大石垣が作られたという記録もあるそうで、千畳敷の高さに合わせると、舞台の地面を高くしないといけないので、辻褄が合います。

建物の方を作り、概形完成。
{88CBFE09-D0A3-47F0-84A4-1784358716B3:01}

宮上氏は夏の陣図の通りに南北棟のようですが、建物が東西に長いので東西棟での再現です。南には広縁を設けましたので、柱を並べるので集中力がすり減りました。

塗装して千畳敷の完成です。
{54C7E247-DC34-4F81-995F-282B5AA50DBE:01}

お決まりの爪楊枝。どーん。
{39361352-4FD3-4A47-BB0D-559A1C361FEF:01}

先が見えてきました。
表御殿の曲輪を作り、極楽橋を架ければ完成です。