散歩していて、気が付くと、早くも柿の木が、たわわに。
早生柿のようですが、今年は、豊作のようです。
「柿」と言えば、教科書にも載っていて、小学生でも知っている、
次の句。
柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規
明治28年、 作者28歳のときの作で、 このとき、すでに腰の病気
がおこりつつあります。
明日、9/19は、子規忌。
正岡子規(1867-1902)を偲んで、あらためて句を鑑賞してみるこ
とに。
比較的平明な句が多いですが、好きな10句(上記句含む)を挙げ
てみると、次のように。
若鮎の二手になりて上りけり
明治25年、25歳の作、学校を退学し、日本新聞社に入社。故郷
の川の景に自らの姿を投影したのでしょうか。 勢いのある若鮎の
姿が、見えてきます。
薪をわるいもうと一人冬籠
明治26年の作。たくましい妹の姿が、部屋にいる作者の目には、
ありありと。 作者の世話をしてくれる妹の律に対する愛情があふ
れています。
家あつて若葉家あつて若葉かな
明治27年の作。
若葉の溢れている風景をリフレインを使って、うまく表現していま
す。音楽が聞こえてきそうです。
冬川や菜屑流るる村はづれ
明治27年の作。
同じような発想の虚子の句を思い起こさせます。
漱石が来て虚子が来て大三十日
明治28年の作。
子規の回りには、 多くの無名時代の文豪が。訪ねてきてくれる
子規の喜びが伝わって来るようです。
内のチョマが隣のタマを待つ夜かな
明治29年の作。「チョマ」とは、方言で猫のこととか。
「猫の恋」をユーモアを混じえて詠っています。 「猫の恋をここま
で情緒豊かに詠んだ句は珍しい」という人も。
いくたびも雪の深さを尋ねけり
明治29年の作。
カリエスと診断された作者が、 病床にあって、妹に尋ねたのでし
ょうか。
つくつくぼーしつくつくぼーしばかりなり
明治34年の作。
この句もリフレインを上手に使っています。
蝶飛ぶやアダムもイヴも裸なり
明治35年の作。
蝶との取り合せに意外性が見られます。
常に死と隣り合せであった子規は、 次の句を残して逝去。34歳
という若さでしたが、 俳句革新運動を展開し、 多くのものを残し
たことは、よく知られています。
糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな
[今日の一句]
・柿見れば子規を想へり千疋屋
[これから俳句を始めたいかたへ]
◎俳句生活で学んだことを、初心者向けに、131回に亘って、綴
っています。
「はじめまして」(第1回)
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