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周波数実験室という実践を通して、自分は「思考でも、感情でも、身体でもなかった」と気づいた。
これまで自分だと思っていたものは、この世界を体験するためのアバターだった。
そして本当の私は、それらを見ている側「意識そのもの」であり、「源」と呼ばれる位置にいた。
その感覚を思い出したあと、世界がどう見え始めたのか。
仕事やお金、日常がどの位置から立ち上がっているのか。
このブログは、「源の位置」から見た静かな観測の記録です。
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以前は、お金について考えることが多くありました。
というより、ビジネスコンサルをしていた私は、
思考の大部分を「ビジネス」「お金」が占めていたといっても過言ではないほど。
そのため、売上のアップダウン
お金の焦り、不安は常にありました。
足りているか
足りなくなるか
どう増やすか
どのコンテンツが一番効率が良いか?
でも最近、
その思考自体が
あまり起きなくなっています。
今の私にとってお金は、
価値や報酬というより、
今の在り方がそのまま映っている反応のように感じています。
だから、
追いかけようともしないし、
掴もうともしません。
追いかけるとき、
そこには「足りない」という前提があります。
不足している
何とかしなきゃ
このままでは困る
そういう位置から
お金を見ると、
数字も落ち着かなくなる。
でも、
今どこに立っているかだけを見ているときは違います。
・今、ズレていないか
・今、満たされているか
見るのは、それだけ。
すると不思議と、現実は勝手に整っていく。
その整い方の一つが、
たまたま「お金」という形だった、
という感覚です。
本当に
努力ではどうにもならないようなことが
思いもよらない方向からやってくる
ひっくり返るような体験を何度も経て
やっぱりそうかと腑に落ちた
だから私は、
お金をどうにかしようとは
あまり思わなくなりました。
無理に言い聞かせて信じることも、
疑うこともせずに。
ただ、
意味づけをやめただけです。
お金が人生を動かすのではなく、
意識の位置がお金の見え方を決めている。
そう感じています。
長年続けてきたマネーゲームから
やっと脱却したな。
と、そんなことを思った一日でした。
より深い記録は、公式サイトのブログにまとめています。
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