「昨日、眼下の敵を観た人?」と先生は言った。

小学校2年の時。朝の第1声だった。

アメリカの駆逐艦とドイツの潜水艦Uボート。

大西洋上の男と男の対決。ロバート・ミッチャムと

クルト・ユルゲンス。互いに頭脳を駆使し、相手の

先を読み、裏をかこうとする。

Uボートはエンジンを停めて音を消し、駆逐艦の

ソナー網から逃れ、航路を目掛けて機雷を撃つ。

駆逐艦はUボートを見失ったように見せかけ、罠を

仕掛ける。Uボートは、味方のスパイと接触する

ポイントが決まっているので、航路を変えても

最終的には元の航路に戻る。

どちらが生き残れるか。
先生は気持ちのいい、男同士の戦いと言った。

確かに、よくある狂信的ナチスは出てこない。

艦長は「我が闘争」を読んでいる部下を冷やかに

見ている。古いタイプの職業軍人だ。

そろそろリタイアを考え始めている。

一方、駆逐艦の艦長は、妻と子供が乗った客船を

ドイツ軍に沈められた過去を持つ。復讐心はあるだ

ろうが表には出さない。人員不足のための人事異動

で艦長になったと周りが思っているが、明晰な頭脳

を持っていることが徐々に判る。
僕は当時観ていなかった。後日、日・月・水・金と

週4回あった民放の洋画劇場のどれかで日本語

吹き替え版を観た。

今回NHKBSで先日放送された字幕版を初めて観た。

清々しい気持ちになった。

先生からの宿題をやり終えた気がした。
洋上のお話しなので出演は男性オンリイ。女性は

出てこない。当時船に女性が乗ることは禁止されて

いたのかなと思ったが「ペチコート大作戦」という

アメリカの潜水艦に女性乗組員が搭乗し、敵を撹乱

するために、海中からペチコートを放出する、

ケイリー・グラントとトニー・カーティスがダブル

主演するふざけた映画もある。ロバート・ミッチャムクルト・ユルゲンス

眼下の敵The Enemy Below (1957) - IMDb

ペチコート大作戦Operation Petticoat (1959) - IMDb

 

人は夜寝て、朝起きる。起きないこともある。

カミさんの母がそうだった。彼女は毎日のルーティ

ンとして、毎朝、生存確認のため徒歩1分の距離の

母の顔を見に行く。その日も、以前あったように

室内灯、テレビが付いた状態だった。おはようと

声を掛けるが返事が無い。二度寝でもしたかと

立ち去りかけて異変を感じた。寝息が聞こえない。

触れるともう肌に温もりはなかった。

急いで帰り僕を呼びにきた。

見に行った。

冷たかった。

カミさんが昨日の夕方持って行ったカレーが

きれいに全部食べてあった。

穏やかな寝顔だった。
最後の晩餐はカレーライスだった。

テレビとかで最後の晩餐に何が食べたいかという、

やり取りをみることがある。答えは人によって

それぞれ違うが、これが最後の晩餐だと自覚して

食べることはあり得るか。ドコドコのアレが食べ

たいと言う人もいるが、瀕死状態で食べに行くと

は考えられない。翌日執行が宣告されている囚人、

自ら死を決意している人以外にはありえない。

彼らの場合は、実際に聞かれてもオプションは

限られるだろう。死ぬ前に何が食べたいかという

問いには答えられるが、これが最後の晩餐だ、

と食べる前に決定付けることはまず不可能だ。

そのシチュエーション自体があらかじめ想定

出来ることはまずない。

また、人は亡くなる最期に食べたものへの思いを

ずっと引きずっていくのだろうか。

一時的な味覚と脳記憶へのプラス程度で、通常想定

される死直前の体力では味わうまでいかないだろう。
彼女は準備されたカレーを全て平らげ、食器も

洗い上げてあった。娘の手料理を食べた安心感に

満ち足りたのか。最期に食べたものが娘の手料理

だったことは魂に刻むためなのか。

残したラストメッセージなのか。
一緒になることが決まった頃、映画好きな人で、

特に小津安二郎監督作品が好きらしい。

とカミさんが言うと

「ほうか。若いのに変わった人やなぁ」

と言ったらしい。
R.I.P.

お客さんの中にウチの事務所の雰囲気をえらく気に

入ってみえる方がいる。僕が不在の時に「落ち着く

なぁ、ここは」とウチのスタッフに何度か言って

いたらしい。

常時音楽がかかり、壁にはポスター、ポストカード

が架かっている。両方とも僕の好みの選択だが、

彼にとってもツボらしい。今日初めてお会いした。

その彼がしきりに気にしていたのが

「ジュリア」のオリジナル・ポスター。
 

「ジュリア知っていますか?」
「いいよね、フレッド・ジンネマン」
「ジンネマン好きなんですか」


フレッド・ジンネマンは「地上より永遠に」「真昼

の決闘」で知られる映画監督。派手さは無いがアカ

デミー監督賞に7度ノミネートされ2回授賞された。

名匠ジンネマンを知っているとは恐るべし。

会話の中でジンネマンの名を聞くのは、

映画フリーク仲間との会話以来、ほぼ40年ぶり。
映画は、劇作家リリアン・ヘルマンの自伝的短編を

自身が 脚色している。ファーストシーンは、短編

タイトルの「Pentimento」(ペンティメント)と

いう言葉の意味の説明から始まる。完成して数年

経った絵画の下から、以前に描かれた絵や色彩が

浮き上がって見えるようになることを指すと女性の

ナレーションが伝える。ナレーションの主が主役の

ジェーン・フォンダなのか、それともリリアン・

ヘルマン自身なのか不明だ。一連のインシデントを

数年後に振り返って浮かび上がった真相を指すのか

これも不明だ。

リリアンが、当時同棲していたダシール・ハメット

(ハード・ボイルド小説マルタの鷹の原作者)の

アドバイスを貰いながら、時に癇癪を起こし、

タイプライターを窓から放り投げながらも脚本を

執筆するシーンが印象的だ。負けん気の強さが

伝わる。若かりし頃、女闘士と呼ばれたJ・

フォンダと被る。
物語は、リリアンの幼なじみのジュリアが反ナチス

のレジスタントだったため、巻き込まれて奔走する

リリアンの姿を サスペンスフルに描き出す。

フランスからドイツへ大金を届けるために乗る列車

内の、大金を隠した帽子入れをめぐるカットバック

が、ち密な演出のジンネマンらしい。

出演シーンは少ないが鮮明な印象を残したD・ハメ

ット役の、J・ロバーツはアカデミー助演男優賞に

輝いた。リリアンを飛行場で出迎える場面で、

微笑みながら無言でソフト帽をちょっと持ち上げる

コート姿は最高にカッコいい。ただし彼はオスカー

授賞式に姿を見せなかった。(IMdbによると)授賞式

司会者のボブ・ホープは「今頃マーロン・ブランド、

ジョージ・C・スコットとブリッジしているに違いな

い」とジョークを言った。(ブランドもスコットも

授賞辞退で式を欠席している)。ボブ・ホープの

ジョークは全てスピーチライターが書いていたが、

これは彼のアドリブだろう。

ジュリアを演じたバネッサ・レッドグレープは助演

女優賞を取ったが、授賞スピーチでの政治的発言以降

表舞台から消えた。

ジンネマンの経歴の中で、らしさが少ないように思え

る作品だが、アカデミー賞をはじめ、世間的には評価

された。ただ、公開当時は、たまたま女性を主人公と

する映画が多く、同時期に公開された「愛と喝采の

日々」「結婚しない女」「アリスの恋」などと同一

視線で観られた(気がする)のがちょっぴり残念。

 

最近のアカデミー賞授賞式の司会者の力量不足を痛感