幼い頃から
ぽっかりと空いてしまっていた
なにか。
死を選ぶ、
その日の前夜から
混沌とした出来事が重なって、
これでもか というくらい
みえない何かに
ひっぱれていたのでしょう。
衝動的なもの。
その日を迎えなくとも
ずっと何年も前から、
会えない産みの母を思い焦がれ、
愛されていないなら、
愛されていないから。
いつも死は選択肢にあるという、
思いを隠しもっていたそうだ。
ならば、
私を含む子供たちを
置き去りにしたん?
負のループだよね?
そんな思いがつらつら
浮かんでは消え、
浮かんでは消え、
今まで過ごしてきた。
50年を経て
今思うことは、
私たちの選択は
ここにいて、生きること。
しあわせになっていい。
生きて
日々幸せを感じながら、
どんなに小さく、
自己満足だとしても、
小さな幸せを集めて生きる。
しあわせになれない、
しあわせになってはいけない。という
刷り込みや無意識の世界から離れ、
軽やかで安らぎの瞬間を
味わっていくこと。
貴方を置いていくしかなかった
身分の格差というものが残っていた
昭和初期。
あなたの母は、
新しい家庭を築きながら、
小さな幸せを感じながら、
それでも
貴方を忘れた日はなかった。
お孫さんに貴方の名前を付けて、
誰に気を使うことなく、
何度も何度も、名前を呼んだことでしょう。
母の愛をなめんなよ。
あちらの世界で
胸張って、
大きな声で呼んだらいいよ。
そしたらさ、
ぎゅーっと抱きしめてくれるから。
そして貴方は、
次、何になる?
ゆるりら るみ.co
軽くなる
選択は


