雑誌宝島の、1975年1月号。
ずっと欲しかった雑誌のひとつ。
つい最近手に入りました!!
クイックジャパンの創設者、赤田祐一さんは若い頃この雑誌の『ホールデン・コールフィールドと25%のビートルズ』という記事を読み、感銘を受けて編集者を目指すようになったそうです。
タイトルからしておもしろそうですよね。著名な編集者のウィキページを巡ってる時に知ってから、ずっと読みたかった雑誌。
当時サブカル誌として発行されていた宝島の編集長はジャズや映画の評論家、植草甚一さん。この記事の著者は後の編集長である北山耕平さんで、さらに浅井慎平さんによるビートルズ来日時の写真も載っていました。豪華ですね。。
『ホールデン・コールフィールドと25%のビートルズ』は、シティボーイ特集の記事だったんですが、想像してた通り凄くおもしろかったです。
この記事の内容を簡潔に述べると、ビートルズは全員ホールデン・コールフィールドなのだ、ということ。ホールデンは、あの『ライ麦畑でつかまえて』の主人公ですね。"ライ麦畑で遊びまわる子供たちが崖から落ちそうになるのを、つかまえてやる"ような人になりたいと言ったホールデン・コールフィールドの面影が、ビートルズのメンバーにあるのだという。
「ビートルズが四人で100%だとするのなら、それぞれ25%のビートルズが、ひとりのホールデン・コールフィールドだった。25%のビートルズは、テレビという最高にクールなメディアをとおして、誰もが、その気になりさえすれば、いますぐにでも、ホールデン・コールフィールドになれるのだと、全身で陽気に歌ったのだ。」
これを書いた北山さんは、当時25歳でした。
ジョン・レノンはこの雑誌が発行された5年後に、マーク・チャップマンによって射殺されます。当時のチャップマンも、25歳。そして彼はジョンを射殺した直後に、『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいたのです。
偶然とは思えないくらいの繋がりですね。ジョンがいなくなってしまう5年前にこんな記事を書いていたなんて、凄すぎる。目の付け所が鋭いのか・・・。でもそれだけじゃなくて、この繋がりも決して偶然ではなくて、25という数字もホールデン・コールフィールドとビートルズとチャップマンの繋がりも、成すべくして成ったという感じがするのです。私の乏しい語彙力ではうまく説明出来ませんが・・・。
『ライ麦畑でつかまえて』は、高校の時と、20歳くらいの時に読みました。あれは男の子のための小説だと思います。若々しくて、将来が漠然としていて、歯痒い感じ。私は北山さんほどホールデンくんに共感も出来なかったし、胸が熱くなるような感動も衝撃もそこまでありませんでした。でも、理由もなくむしゃくしゃしてたり悩んでたりする、刺々した男の子だったら、感じ方は全く違うはず。なのでこの作品は若い男の子に読んで欲しいですが、ラノベとか、男受け狙った女の子ばっかり出てくるような作品が若者に受けてる世の中なので、受け入れられにくそうですね(笑)
私の母もサリンジャー作品が好きなのですが、やっぱり、当時この小説が一斉を風靡したのは時代に合っていたからだと言っていました。北山さんが高校生だった時はこの作品が当時の青少年達の間で大ブームになったわけで、大衆受けしてたわけで、そう考えると「いい時代だなぁ」と単純に思ってしまいます。少なくとも今よりは。
北山さんの言ってることも素直にそういう見方もあるのかと感心したけど、ビートルズはなんだったのかとか、彼等は誰だったのかと聞かれたら私だったらうまく答えられない。同じ時代を生きてないから、ありふれたことしか言えないと思います。ビートルズと一緒に生きていた人達がうらやましいです。
