こんにちは。zenです。

 

昨日は1日中子どもたちと家で過ごしました。

 

1日家にいると、複数の子どもたちの「喧嘩」に遭遇することになりまして…。

 

この「なりまして…。」という「トホホ感」を感じてしまう時点でまだまだ『鏡の法則』を実践しきれてないなぁと思うわけですが、それにしてもほんとに日々「修行」。

 

今日の記事は、昨日の出来事に対する実践報告です。

 

 

 

(登場人物は、長男イチ(小6)、次男ソウ(小4)、末娘ハナ(小1)です。全員学校に行っていません)

 

 

昨日は朝一からレゴをめぐって長男のイチと次男のソウの喧嘩が勃発しました。

 

僕が別室でブログを書いていると、リビングからソウの叫び声が聞こえてきます。

 

「イチがソウのレゴ壊してきた~!」

 

反射的に「はぁ~」とため息が出てしまう僕。

だけど、ちょうど『鏡の法則』の記事を書いていて、「片割れの自分(鏡)に対して、肯定も否定もせず、ただ耳を傾けてみる」ということを學んでいたので、早速実践してみようと思い立ちました。

 

これです↓

 

まずは「我軸」を手離して、
「相手の世界を知る」傾聴からはじめます。
振る舞いに対する否定も肯定もなく、
「どうしたの?」と、ただ状態を問う。

「不平不満や文句」と称する世界や
「主張をごり押し」する鏡側の世界が、
どういう世界観に在るのかを、まずは
「學ばせて頂く」傾聴が一歩目になる。

 

(引用元:【覚醒★2023】「共存へ律する」観点の創造:「鏡側のもう一人のわたし」に耳を傾け「同志」と成る

 

パソコンの手を止め、リビングへと向かいます。

あまりにもタイムリーな実践チャンスの到来に笑けてしまって、半笑いで二人に「どうしたの?」と問いかけました。

 

そしたらソウが、

「イチがソウがつくってたレゴを壊してきてな、なくしたねん!」と。

 

それに対してイチは、

「ちゃうちゃうちゃうちゃう!手が当たっただけや!」と。

 

「へぇ~」と、僕。(←この反応がニュートラルなのかどうかはわからんけど、肯定も否定もしないということを実践してみました!)

 

ほどなくしてすぐにソウが見失ってたレゴが見つかり一件落着。

 

あっさり終わったな、というのが正直な感想でした(笑)

 

 

これまでのパターンだと、

ソウが「イチがレゴ壊してきた~!」と泣き叫んだ時点で僕はかなりイラつき「なんでそんなことすんねんお前は!」とイチに対して叱責していたと思います。そしてイチは「わざとちゃうし!なんで決めつけてくんねん!」と反論してきて、その怒りエネルギーがソウに向かって状況が悪化する…ということになっていたかと思われます。

 

そう思うと、まだまだ改善の余地はあるとは言え、すごい進歩だなと感じます。

 

 

 

昼過ぎにはまたまたイチvsソウの第二ラウンドが勃発。

今度の喧嘩は、

イチがちょっかいを出す→ソウが過剰に反応する→エスカレートしていく…

という一番定番のパターンによる喧嘩。

 

定番のパターンだし、「喧嘩には介入しない」と決めていたので、しばらく静観していました。

だけど、エスカレート具合がひどい…。

イチがソウを投げ飛ばし、引っ掻き、ソウの肌から血が滲み出る…。泣き叫ぶソウ…。

さすがに僕も噴火しかけましたが、鼻息を「フンっダッシュ」と吐き出し、グッと堪えました。

 

ほどなくして、こちらの喧嘩も終焉。

さっきまでの「嵐」が嘘だったかのようにケロッとしている二人。

どゆこと?

 

↑第二ラウンドの反省点は、もっと早い段階で「どうしたの?」と傾聴できればよかったなと。静観している間にタイミングを逃してしまって、だんだん怒りに呑まれていく自分がいました。

「介入しない」と決めていたので一応形の上ではそれをやり抜いたわけですが、「介入しない」というのもなんか違うかもなぁと

。「介入しない」というより、「正そうとしない」「諭そうとしない」という意識のほうがいいかもしれないという気付きがありました。

 

 

 

第三ラウンドは、どちらかというと、「イチvs僕」という感じですが…。

 

何があったかと言いますと、

「みんなのおやつ」として買ってきた「ぷっちょ」を、イチがほぼ一人で食べ尽くしたのです。

 

そのことに気が付いたソウが

「ソウ1個しか食べてないのに~!」と憤慨。

 

末娘のハナも

「私も1個しか食べてないけど…」と寂しそうにボソリ。

 

全部で20個くらいはあっただろうと思われる「ぷっちょ」。

「みんなのおやつ」であることは、間違いなく知っていたイチ。

そうであるにも関わらず、一人でほぼ食べ尽くすってどういうこと?

理解不能。

イラつきMAX。

正直ブチ切れそうになりましたが、彼にも何かしらの理由があるかもしれないと思い、まったくニュートラルな音ではありませんでしたが「どういうこと?」と問いかけました。

 

そしたら

「知らんかっただけや。ソウもハナも食べてると思ったし、食べたかったんなら食べたらよかったやん」

とイチ。

 

「いやいやいや、封を開けた段階でだいたい一人何個ずつくらいになるかわかるやろ」

と、ついつい反応してしまう僕。

 

「知らんかったって言ってるやろ!ほんまにあんたは・・・」

 

最後のほう、イチが何と言ったのかは聞き取れませんでしたが、まあ文句をブツブツと垂れていました。

でもそれは僕が彼に対して攻撃的エネルギーを向けてしまったからだということはわかっていたので、そこには反応せずスルーしました。

 

こちらもほどなくして終了。

いつもならソウもハナももっとギャー!となって大騒ぎになるような状況だったのですが、不思議と二人ともすぐに落ち着いていました。まだまだ怒りが湧いてくるとはいえ、以前に比べるとだいぶ僕の中でコントロールできるようになってきたので、その結果として二人も落ち着いてきたのかな?そんなすぐには「鏡」されないか?

 

まあよくわかりませんが、どのラウンドにおいても「あっさり」終わったのが印象的でした。

これまでだったら間違いなくもっと「悪化」していたと思うのですが。

 

もう少しこれからも観察と実践を続けていきたいと思います。

自分の中の変化が、現実にどのように「鏡」されていくのか…。

子どもたちの「喧嘩」がどうなっていくのか…。

楽しみです♪

 

 

 

【今日の學び】

☆ニュートラルな傾聴は、経験が必要(簡単ではないが、諦めずにトライし続けていく)

 

☆「介入しない」という意識より、「正そうとしない」という意識をもつ(「介入しない」という意識だと、「傾聴」まで躊躇してしまうため)

 

☆怒りが湧いてきたら、そのまま相手にぶつけるのではなく、自分の「修行不足」のサインだと心得る(「こうあってはならぬ」「こうあるべき」という自分の中にある「決めつけ」が怒りを生んでいるので、その制限を外していくことに注力する)

 

☆引きずらない(子どもたちの「ケロッと感」はほんとにすごい!怒りを恨みに発展させいつまでも根に持ってしまう僕にとって、彼らの「ケロっと感」は神対応に見える。學ばせていただきたい)

 

☆子どもたち(目の前の現実)は「師」であることを意識し続ける(すぐに忘れちゃうから)

 

☆子どもたちの「喧嘩」は、僕が思っていたほどに子どもたちにとっては「大したことではなかった」のかもしれない。「大事(おおごと)」にしていたのは、僕だけだったのかも…。