こんにちは。zenです。
昨日の記事を書きながら、
つくづく自分は「欲に支配」されてるなぁと。
食べたいと思ったら食べ、
飲みたいと思ったら飲み、
呑みたいと思ったら呑み、
さぼりたいと思ったらさぼり…
人間も動物ですから「欲」があるのは当たり前ですし、生存していくための必須のプログラムなんでしょうが、
必要以上に振り回されてたかもしれんと、改めて気付かされました。
動物ならそれでいいのですが、僕は「人間」ですからね。
「欲」のままに生きる選択もできますが、
「欲」を越えていくこともできる。
「創造したい先の世界」があるならば、小さな「欲」を振り切って、そこに一目散に向かっていく必要がある。
あぁ、これまで一体どれだけの道草を食ってきたことか…。
なんなら道草しか食ってこなかったかもしれない…。
そういえば昨日、娘のハナちゃんと一緒に「浦島太郎」を読みました。
久しぶりに読んだら、この物語が何を伝えたいのかよくわからなくて…。
―――
いじめられていた亀を助ける
↓
御礼に竜宮(極楽の場所)に連れて行ってもらう
↓
浦島は3年間満喫する
↓
満足したので地上に帰ってきたら数百年が経過していて、玉手箱を開けたらじじぃになる…
―――
亀を助けたからハッピーエンドで終わるのかなと思いきや、
最後はどちらかと言うとバッドエンドという…。
乙姫様も「この箱は絶対に開けてはいけませんよ」と言いつつ、何で玉手箱渡したん?
まじで意味不明で、娘と「この物語は一体何を伝えたいんだろうねぇ?」なんて話をしてたんですが、
今日のこのブログ記事を書きながら、「浦島」のことがよぎりました。
ひょっとしたら「欲」の話やったかもしれん…と。
そもそも亀の「竜宮にご案内しますよ」という「不可解な誘い」にのる時点で、浦島の中に「亀を助けてやった」という「傲慢さ」があったのかもしれない。
そしてそのまま竜宮の魅力に憑りつかれ、家族のことなどそっちのけで3年間も極楽に浸ってしまう浦島。
さらに「開けちゃいけない」と言われているのに、玉手箱を開けてしまう浦島。
結果的に家族や仲間を失った上に、自分もじじぃになるという結末を迎える…。
ということはつまり「浦島太郎」という物語は、
「欲に飲まれてたら本当に大切なものを失いまっせ」
という戒めなのかもしれない…。
知らんけど。
とはいえやっぱり「竜宮(極楽)」に居たときはそれはそれで「幸せ」だっただろうし、
結局自分がどちらを「選択」するかってことなんだろうな。
今のところ僕は「浦島太郎状態」(=欲に飲まれている状態)を卒業したいなと思っている次第です。
「竜宮」に連れていかれそうになっても、
「いいえ結構です!ワタクシメにはもっと大切なものがあるんで!」
と言い切れる自分でありたい―。
