こんにちは。zenです。

 

僕のだらしなさは天下一品です。

たぶん前世は「ラオス人」です。

 

ある意味だらしなさが突き抜けているのでこの日本においては少し浮いていて、「え?そんなにだらけても生きていけるの?」と衝撃を与え、それがウケてきた部分もあるかと思っていますが、「さすがにもういいかな…」と思い始めているのが今です。この「だらけ」を突破し、新しい自分になっていくこと。―それが僕にとっての「進化」であり、「覚醒のプロセス」だと認識し、取り組みを進めているところです。(だらけるのが“悪い”とかそういう話ではなく、ただ単に僕がそこを“越えていきたい”と思っているというだけの話です)

 

ところが、この「だらけ」の「磁力」がすごい(笑)「覚醒を目指します」と宣言し突破しようと思っても、すぐに引き戻されてしまう。「覚醒すごろく」を始めてみたものの、サイコロを振る度に「ふりだし」に戻されているような、そんな感覚です。一歩もコマを前に進めることができていない。。

 

それでも何とかこの「磁力」を突破し一歩でも前に進んでいきたいと思うので、このブログも最大限活用しながら、やれることをやっていきたいと思っています。

 

 

 

今日は「覚者だったらこうするだろう」という自分の中のイメージを、今の自分のだらけっぷりと対比させながら、ここに記してみたいと思います。そして実際に行動グラウンディングに繋げていきたい―

 

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(今の自分)

朝、目覚めた時、だるかったら二度寝します。

(覚者)

朝、目覚めた時、だるくても身体を起こし、今日という一日に感謝を告げ、家族に愛と歓びのエネルギーを送ります。

 

 

 

 

朝のルーティンが終わったあと、神寄木さんのブログを読み、ブログを書き始めます。そして、ブログが途中だったら、子どもたちが起きてきてもブログを書き続けます。

 

朝のルーティンが終わったあと、家事の行き届いていない部分があれば家事をします。家族の心地よい空間を整えたあと、もし時間があれば神寄木さんのブログを読み、ブログを書き始めます。途中で子どもたちが起きてきた場合は、子どもたちに寄り添い、必要であれば共に過ごします。

 

 

 

 

日中は、様々なイベントに参加していますが、心ここにあらずです。予定が何もないときは会社の事務手続き等を進めますが、コーヒーとおやつが手放せません。集中力が絶望的です。

 

日中は、様々なイベントに参加し、「自分の鏡」として「観察」に努めます。同時に「全身全霊」で、自分(自我)を排したその場における「最善のパフォーマンス」を繰り出します。予定が何もないときは会社の事務手続き等を進めますが、コーヒーとおやつは手放し、喉が渇いたときだけ水を飲むようにします。

 

 

 

 

仕事中に子どもが「パパ遊ぼ」と言ってきたら、「ちょっと待ってね」と言って、結局そのまま遊びません。

 

仕事中に子どもが「パパ遊ぼ」と言ってきたら、子どもの要求に耳を傾け満足するまで遊びます。子どもが満足してから仕事に戻ります。

 

 

 

 

妻が話しかけてきたら、耳を傾けますが、「ちゃんと聞いてくれていない」という印象を与えています。

 

妻が話しかけてきたら、真摯に耳を傾け「真意」を汲み取ることに全力を尽くします。そして妻の要求を組み込んだ行動グラウンディングを創造していきます。

 

 

 

 

イベントや用事を終え外から帰ってきたら、すぐさまビールに手が伸びます。晩御飯のときもビールや日本酒が手放せません。

 

イベントや用事を終え外から帰ってきたら、家の状況を観察し、足りていない部分の家事をこなします。アルコールを飲みたくなる衝動を抑え、食事や家族との会話に集中します。

 

 

 

 

子どもたちが喧嘩を始めたら、大きな溜め息をつき、イラつきます。喧嘩が長引き自分のキャパシティーの限界に達したら、「ええかげんにしとけよ!」と怒りをぶちまけます。

 

子どもたちが喧嘩を始めたら、様子を見に行き、必要そうであればそれぞれの「傾聴」に徹します。彼らの「鏡」となり、自分たち自身で解決の道を見つけられるよう、ただそこに在ります。非難も批判も怒りもしません。

 

 

 

 

寝るとき、眠かったら、「子どもが絵本読んで」と言っても「今日は無理」と言って、寝ます。

 

寝るとき、眠くても、「子どもが絵本読んで」と言ったら喜んで読みます。寝落ちしてしまったら、次の日に笑顔で謝ります。

 

 

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まだまだあると思いますが、今日はこのへんでバイバイ

 

一歩ずつ頑張ります!