オーガニックコーヒー専門自家焙煎、カラダをピュアに戻してコーヒーを3倍おいしくする -91ページ目

オーガニックコーヒー専門自家焙煎、カラダをピュアに戻してコーヒーを3倍おいしくする

汚れたカラダのなかを赤ちゃんのようなピンク色に戻し、気持とカラダのドキドキわくわくセンサーを極限まで高めてコーヒーを3倍おいしくする。

前回の続きです。

対処治療(薬品)の作用が一撃で症状(痛み)を
回復するとき、人間のカラダにはその代償として
多くの場合、副作用が出てきます。

ひとつは、カラダ(肉体)に及ぼすデメリット。

もうひとつのデメリットは、
劇的に症状を改善してくれた「魔法の薬」を
全面的に信頼してしまう人間の心の動きのことです。

この心の動きについては前回まで、
マジックを例にしてお話してきました。

そして、この二つ目の副作用が恐ろしい事態を
引き起こしています。

その恐ろしい事態とは、
「理解不能なことに身をゆだねる信者」に
なっているということです。

「意味わからないものに対して
信者になるなんて、そんな
ばかげた話は無いよ」


このように誰かに言われてしまいそうですが、
本当にそうでしょうか?

その昔、
地球は丸くなく、地の果てがあると
信じられていました。

黒人奴隷は当たり前でした。

日本国民は天皇は神だと教育され、
信じようとしていました。

特攻隊を英雄だと思っていました。

どれも現代ではナンセンスなことですが
昔はそれが真実でした。そこには歴史という
揺るがぬ証拠が残されています。

原発の問題も同じだと思います。

安全性とか、放射性物質の危険性とか
まったくわからずに、知らずに、知らされずに
虎視眈々と推し進められてきたのだと思います。

安い電力を享受でき国民が潤い、
町に人とお金が入る地元が潤い、
政治家と地方有権者、電力会社と
メディアの利害が一致し天下りの団体の
温床を匂わせ、癒着が蔓延・・・、

全ておいて好都合に働く「原子力村」という
強力な「特効薬」を前にして、私たちはそれを快く
受け入れ全面的に暗黙のうちに信頼して
いたのではないでしょうか。

「原子力」というきらびやかな氷山の一角、
その水面下に隠れた「副作用」(デメリット)に
ついては疑わず、暗黙の了承を続けてきたように
感じています。

何も知らずに、疑わずに訳がわからない
原子力というものの信者になっていた
のではないでしょうか。

ただ、かなり巧妙な手口を使った
「安全神話」の刷り込みがあり、
私たち一般庶民が容易に見破れる実態では
なかったのだと思っています。

私たちがなんとなく理解して信じている
ものの中には今回の原発問題のように、
実はよくわかっていないことも
信じていることがあると思います。

このような人間のココロの動線は
実は強力な法則が作用しています。

私もあなたも、この強力な法則に
太刀打ちすることができません。(たぶん)

次回はこの「強力な法則」についてお話します。

今日も最後までありがとうございます。

矢澤太輝(やざわ たき)


追伸、
ささいなことでも構いませんので
あなたのご意見、ご感想をお待ちしております。
その事が私のモチベーションになっています(_ _ ”)

追伸2、
コーヒーの話とは、かけ離れた内容に
なってきてますが、繋がっていますので
楽しみに待っていてください。
前回の続きです。

「もうひとつの副作用」について、
深く入っていきます。

これは私が感じる隠れた副作用のことで
対処治療(薬品)の力で劇的に症状が
改善したとき、「何でそんな劇的な効果が
あったのか」という疑問を持たずに
あっさりと有り難く受け入れてしまうという
人間にありがちな態度のことです。

あり得ない現象に対して
自分とって好都合な事は容認し、
不都合なことには疑問を抱く、
人間の習性のことです。

(ちなみに裁判における原告と被告との
対話は、この副作用の連続になります。
本当にこわいです。)

今回はこのもうひとつの副作用が招く
「恐ろしい事態」についてお話します。



話はシンプルです。

対処治療であり得ないほど効果がでて
今まで感じていた痛みが一発で無くなったとき、
そのあり得ない現象を有り難く
受け入れてしまうという副作用、

このことがもたらす「恐ろしい事態」とは・・・、





訳がわからないものに身をゆだねる
オカルト信者になっている







ということです。
(オカルトの定義を知りませんが、
ここでは「得体の知れないもの」という
意味で使用しています、あしからず。)


自分が理解していないもの(薬)を信じて
落ち着き、安心し、頼りにしている、
ということです。

まるで結婚願望の強い人が、実は詐欺師という
異性を想い、信頼し、安心し、頼りにして
結婚したいと思っている状態に似ています。

「その強力な薬にどんな副作用があり、
それを服用することでカラダに何が起こり、
どのように作用して痛みが消え、
なぜ副作用が発生するのか、
この薬を飲むことでリスクがあるなら
リスクなしでできる治療は無いのか・・・etc」

・・・このようなことをあまり考えずに、
「医者が処方した薬だし、実際効果あるし、
まったく問題ない、むしろありがとう。」

このような状態に陥ります。

自分にとって都合の良いことについては
疑いもせず、信じたいと思って信頼し、
理解できないもの、得体の知れないものを
信じきる状態に陥ります。

よく考えれば恐ろしいことですが、
人類のほとんどが、この状態になっています。

もちろん、私自身も(汗)

だからこそ、あの悲惨な
事件も起こってしまったと
今は理解しています。

次回に続きます。
今日も最後までありがとうございます。

矢澤太輝(やざわ たき)


追伸、
ささいなことでも構いませんので
あなたのご意見、ご感想をお待ちしております。
その事が私のモチベーションになっています(_ _ ”)

追伸2、
コーヒーの話とは、かけ離れた内容に
なってきてますが、繋がっていますので
楽しみに待っていてください。











こんばんは、前回の続きです。

「ありえない現象」に対して人は、
その受け入れる態度が異なります。

マジシャンが右手のコインを一瞬に
左手に移動させるところを目撃すると、

「何ででそんなことができるんだ!?」

という反応になり疑問を持ちます。
しかし、病気で激しく痛むカラダを
薬(対処治療)の力で一発で治したとき、

「この薬効く~、痛むときはまたよろしく!」

という感じで、疑問を持たずに
ありえない効果を受け入れます。
(これがもうひとつの副作用)

これまでもお話ししてきたように劇的に
効く薬(対処治療)には強い副作用が伴います。
しかも私たちはそのことを理解しています。

副作用(カラダに悪いこと)を理解しながら、
受け入れてしまうのです。

なぜなら、自分に都合が良いからです。

私たちは多くの場面で、
この「もうひとつの副作用」に
犯されています。

タバコを吸う人にも同じようなことが
起きています。タバコがカラダに悪いことは
わかっている。でも、受け入れています。
(なぜなら、自分に都合が良いから)

反対に自分にとって不都合なときは
激しく突っ込みを入れます(苦笑)

マジシャンの硬く握り締めた右手のコインが
自分の目の前で、一瞬で左手に移動すること。

これは自分にとって「あり得たら困ること」で
あって、できれば「あり得ないでほしいこと」です。
自分にとって「不都合なこと」になります。

だから、「どーして何だ!?」と自分の
不都合を解消しようとして疑問を持ちます。

西洋医学(対処治療)に起こる二つの副作用とは
ひとつは「カラダに対するデメリット」、
もうひとつは「デメリットを理解しつつ、
受け入れ態勢に陥ること」ということになります。

このように対処治療には「ありえない現象」を
「ありがたく受け入れる」という副作用があります。
(私が個人的に感じている副作用という意味です)

この副作用については多くの人が体感していると
思いますが、これが恐ろしい事態を招きます。

もうひとつの副作用が招く恐ろしい事態について
次回、お話していきたいと思います。

今日も最後までありがとうございます。
良きコーヒータイムをお過ごしください。

矢澤太輝(やざわ たき)