先日町に出てると
若い女性が歩いていました。
よく見るとまだ顔にあどけなさがあり、
ちょっと無理をして慣れないヒールを履いて
周りの目を気にしながら歩いていました。
そんな女性の姿を見て
思わず目を細めて、
勝手にその女性の
お父さんのような気持ちになって、
ついついニヤニヤしてしまった、
やざわです(_ _ ”)。
先日、「常識と非常識」についてお話しました。
ボクが取り組んでいる「フェアトレード」は
まだ常識ではありませんね。
「フェアトレードコーヒーには麻薬のような力がある」
というお話もしました。
今回はその部分に違うアプローチで踏み込んでいきます。
実は麻薬というのは特別なことではなくて
毎日のように接しているように感じます(驚!)
ボクが麻薬を吸っているわけではありません(汗)
薬物として違法である麻薬は人間の神経などに
過剰に反応して幻覚をみたり、ハイな気分になったり、
その強力な依存性で精神も肉体もボロボロになっていく
ような危険なものだと思います。
注目したいのは「急激に」廃人になるということです。
だからとても危険です。
気持ち良い代わりに「精神と肉体の破滅」という
高いリスクを背負っています。
その薬物の人間に及ぼす作用はきわめて強力です。
僕が注目したいことはその逆の麻薬のことです。
逆の麻薬(_ _ ”)???
はい、
薬物としての麻薬がきわめて強力な作用をもたらす
とすれば、その逆というのは
「きわめて緩やかな作用を及ぼす麻薬」です。
緩やかな麻薬です。
禁止薬物の麻薬とは違います。
小気味よくハイになり、
緩やかに廃人に導いていくものです。
酒、タバコが良い例だと思います。
どちらも小気味よくハイになり、
続けると緩やかにカラダを蝕んで行きますよね。
法律で禁止されていないから、
やりたい放題です。
20歳の誕生日を迎えた日に、
警察官の目の前でタバコを吸いまくっても怒られないし、
浴びるほどお酒を飲んでも人様に迷惑をかけない限り、
誰にも怒られません。
続きは次回にします。
今日も最後までありがとうございます。
やざわたき
^
「ジェノバ風ソース」に対して、
「ジェノバじゃないのかよ!」と突っ込み、
「本格派イタリアン」に対して、
「本格イタリアンって言えないのかよ!」と突っ込みを入れて、
その他数々の「〇●〇風」というネーミングに対して
その都度突っ込みを入れてきたボクでしたが・・・、
「和風ドレッシング」だけは、
「和ドレッシングって言えよ!」と突っ込めず、
反省している、
やざわです(_ _ )。。
以前、コーヒーには
麻薬のようなパワーがあるというお話をしました。
「コーヒーが麻薬である」という意味ではありません(汗)
(ただカフェインに依存性はありますね)
フェアトレード認証の1杯のコーヒーには、
2円ほど生産者に還元されるお金が含まれていて
年間で換算すると兆円規模の資産支援ができるという
お話をしました。
そのこと自体が「麻薬のようなパワー」だと
思うのですが、それだけではありません。
フェアトレードというのは、経済的に格差のある
貧困国と富裕国との貿易(トレード)を
公平(フェア)にして、お互いが豊かな暮らしを
実現できるようにする取り組みのことを言います。
寄付や募金活動、ボランティアという活動は
「世界の経済的格差」や「世界の不平等」を
整えていく課題に対して、とてもきらびやかに
華やかにボクたちの目に映りこんできます。
ユニセフや動物愛護や孤児撲滅に取り組む
ハリウッドスターたちのアクションが眩しいです。
カッコよすぎます。
一般市民であるボクからすれば、
ハリウッドの映画スターがやる社会貢献や
1億円をさりげなく寄付したりするイチローの
ようなやり方は、「型にはまらない」ものです。
しかし、1杯のコーヒーに含まれる、わずか2円の
貢献活動は、あなたが飲む明日のコーヒー1杯から
始めることができます。
そのさりげない貢献活動がポイントです。
決して背伸びしない、無理のない貢献です。
少なくとも日本のサラリーマンの平均年収よりも
30%低めのボクにとってはフィットしたものです。
どんな人でも気軽に始められる社会貢献としての
一杯、それがフェアトレードコーヒーの
最大の魅力だと考えています。
派手ではなく、さりげなくて、その一杯一杯の
貢献度としても高くない、そんなささやかな貢献。
恥ずかしがり屋といわれる日本人にとっても
ピッタリな大胆なアクションではないでしょうか?
誰にも気付かれずに、まるで麻薬のように
フェアトレードコーヒーが感染していくイメージが
湧いて参ります。
今日も最後までありがとうございます。
やざわたき
追伸、
「和風食」とは言わないけど
「和ドレッシング」もないですよね?
^
「ジェノバじゃないのかよ!」と突っ込み、
「本格派イタリアン」に対して、
「本格イタリアンって言えないのかよ!」と突っ込みを入れて、
その他数々の「〇●〇風」というネーミングに対して
その都度突っ込みを入れてきたボクでしたが・・・、
「和風ドレッシング」だけは、
「和ドレッシングって言えよ!」と突っ込めず、
反省している、
やざわです(_ _ )。。
以前、コーヒーには
麻薬のようなパワーがあるというお話をしました。
「コーヒーが麻薬である」という意味ではありません(汗)
(ただカフェインに依存性はありますね)
フェアトレード認証の1杯のコーヒーには、
2円ほど生産者に還元されるお金が含まれていて
年間で換算すると兆円規模の資産支援ができるという
お話をしました。
そのこと自体が「麻薬のようなパワー」だと
思うのですが、それだけではありません。
フェアトレードというのは、経済的に格差のある
貧困国と富裕国との貿易(トレード)を
公平(フェア)にして、お互いが豊かな暮らしを
実現できるようにする取り組みのことを言います。
寄付や募金活動、ボランティアという活動は
「世界の経済的格差」や「世界の不平等」を
整えていく課題に対して、とてもきらびやかに
華やかにボクたちの目に映りこんできます。
ユニセフや動物愛護や孤児撲滅に取り組む
ハリウッドスターたちのアクションが眩しいです。
カッコよすぎます。
一般市民であるボクからすれば、
ハリウッドの映画スターがやる社会貢献や
1億円をさりげなく寄付したりするイチローの
ようなやり方は、「型にはまらない」ものです。
しかし、1杯のコーヒーに含まれる、わずか2円の
貢献活動は、あなたが飲む明日のコーヒー1杯から
始めることができます。
そのさりげない貢献活動がポイントです。
決して背伸びしない、無理のない貢献です。
少なくとも日本のサラリーマンの平均年収よりも
30%低めのボクにとってはフィットしたものです。
どんな人でも気軽に始められる社会貢献としての
一杯、それがフェアトレードコーヒーの
最大の魅力だと考えています。
派手ではなく、さりげなくて、その一杯一杯の
貢献度としても高くない、そんなささやかな貢献。
恥ずかしがり屋といわれる日本人にとっても
ピッタリな大胆なアクションではないでしょうか?
誰にも気付かれずに、まるで麻薬のように
フェアトレードコーヒーが感染していくイメージが
湧いて参ります。
今日も最後までありがとうございます。
やざわたき
追伸、
「和風食」とは言わないけど
「和ドレッシング」もないですよね?
^
ボクは純日本人のような顔をしているのですが、
ホリの深い欧米人に近づきたいという想いから
最近、
まゆ毛を伸ばしている矢澤です(_ _ ")
まゆ毛が高くなれば
ホリが深くなりそうではありませんか???
それはそうと、常識と非常識の話です。
中世17世頃、
「空が動いてるのではなく地球が回ってるんだ!」
このように主張したガリレオ・ガリレイさんは
有罪になりました。
アメリカの奴隷制度は200年以上も「合法」でした。
およそ70年前の日本では天皇が神でした。
今では地球が回っているのは「常識」で。
黒人にも人権が認められ、天皇は人間なわけですが、
とても今では考えられないことが
「常識」だったと思います。
ということは裏を返すと、
現在の常識では考えられないことが
50年後には「常識」に変貌しているのかも知れません。
実際にこの20年くらいでインターネットや
携帯電話が「常識」になってきています。
ボクが取り組んでいるオーガニックや
フェアトレードはコーヒーの分野に限らず、
きっと「常識」になると予想しています。
なぜなら、ボクたちにとってハッピーなことが
満載だからです。ただ、そのハッピーな部分が
とてもわかりにくいのです。
そのことをお伝えすることがこのブログの目的の
ひとつですが、お伝えするのも時間がかかります。
なぜならやはり常識というのは一気に
変わることが無いからです。
僕自身についても同じことが言えるのですが
いま感じている「常識」は、実はかなり
「非常識」なのかもしれません。
今日も最後までありがとうございます。
やざわたき。
^
ホリの深い欧米人に近づきたいという想いから
最近、
まゆ毛を伸ばしている矢澤です(_ _ ")
まゆ毛が高くなれば
ホリが深くなりそうではありませんか???
それはそうと、常識と非常識の話です。
中世17世頃、
「空が動いてるのではなく地球が回ってるんだ!」
このように主張したガリレオ・ガリレイさんは
有罪になりました。
アメリカの奴隷制度は200年以上も「合法」でした。
およそ70年前の日本では天皇が神でした。
今では地球が回っているのは「常識」で。
黒人にも人権が認められ、天皇は人間なわけですが、
とても今では考えられないことが
「常識」だったと思います。
ということは裏を返すと、
現在の常識では考えられないことが
50年後には「常識」に変貌しているのかも知れません。
実際にこの20年くらいでインターネットや
携帯電話が「常識」になってきています。
ボクが取り組んでいるオーガニックや
フェアトレードはコーヒーの分野に限らず、
きっと「常識」になると予想しています。
なぜなら、ボクたちにとってハッピーなことが
満載だからです。ただ、そのハッピーな部分が
とてもわかりにくいのです。
そのことをお伝えすることがこのブログの目的の
ひとつですが、お伝えするのも時間がかかります。
なぜならやはり常識というのは一気に
変わることが無いからです。
僕自身についても同じことが言えるのですが
いま感じている「常識」は、実はかなり
「非常識」なのかもしれません。
今日も最後までありがとうございます。
やざわたき。
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