春なので、
火曜、水曜、木曜と、
「ジュース断食」に挑戦していた、
やざわです(_ _ ”)。
前回からの続きです。
現代人の生活に限界が近づいているというお話でした。
先進国の人たち、つまり世界の富の8割以上を
享受している10億人の人たちの「富の消費」は
そろそろまもなく、限界に来ているということです。
ただ、その限界を感じるのは、驚くほど難しいと考えています。
戦争(破壊)の限界についてある作家は
「原子爆弾」の発明がその限界にあたるのではないか、
と言っていました。
だから、もうそれ以上はいけないと、原子爆弾の開発を
懸念し問題提起していました。
しかし、戦争は終わりません。
東日本大震災に起因する原発問題は、
原子力エネルギーに限界が来ていたことを
世界中に知らしめたひとつの事件だと思います。
(少なくとも日本中には!)
個人的に処理できることなら、
限界を知って、制御することもやりやすいです。
若いときは「食べ放題」という文句に惹かれて
食べまくっていましたが、食べ過ぎて胃がもたれ、
苦痛に顔をゆがめる食後を体感して限界を知りますが、
年を重ねると「食べ放題」には惹かれなくなります(_ _ ”)。
むしろ食べ過ぎないほうが心地よいことを
探っていくことが出来ます。
しかし、戦争のように個人的に処理できない大きな
問題であるほど「限界」を知り、制御することは
難しいと思います。
そもそも人間は限界を知りたがる動物です。
人間はどこまで早く走れるか。
人間はどこまで高く飛べるのか。
人間はどこまで物を投げれるのか。
人間はどこまで食べれるのか。
人間はどこまで飲めるのか・・・。
オリンピックやテレビなどで人気があることばかりですね(_ _ ”)
そして、「おいしいコーヒーを安く飲み続ける」ということにも
限界があります。だから、「フェアトレード」というコンセプトが
誕生しました。
世界の途上国の生産者の人たちの
ハングリー精神に火がつき、貧しい暮らしから
抜け出して富をつかもうとする大きな流れが
世界中で巻き起こっているようです。
次回に続きます。
今日も最後までありがとうございます。
やざわ たき
ボクの場合、断食によって
便の調子が激変しました。
断食は普段休むことのない腸内環境を
修復させます。肌つやも良くなります(^^)
^
コーヒーとはまったく関係ありませんが、
店の近所に北欧家具の「IKEA」が出来ました。
ボクの知人はIKEAに買い物に行って
「コタツを探しているんです!」
と店員に申し出たところ、その店員はこう言ったそうです。
「北欧にコタツはありません。日本特有のものです・・・。」
ガーーーーン(。。;)
さて、前回からの続きです。
20世紀に入ってから、社会主義よりも資本主義が
世界をリードして、憲法を定めることで万人に平等に
自由と人権を確保する統治が先進的で、現在まで
その流れで世の中が動いていると思います。
ボク自身も経済競争が自由な資本主義の国に、
日本国憲法によって、基本的人権(ヒューマンライト)と
自由と平等が守られ、「生かされて」参りました。
その中でボク自身が人道的にひどい事をしたり、
ひどい事をされたりしてきました(_ _ ”)
小学校の給食では、牛乳の早飲みごっこをしたり、
もっとも好きだった「金曜日限定のわかめご飯」を
死ぬほどおかわりしたり、デザートのパイナップルを
舌がしびれるほど食べたりしていました。
中学生のときは学力的な劣等感にさいなまれ、
珈琲をおともに、自分の殻に閉じこもったときもありました。
高校生の柔道部時代は、「減量」の為に
「こんにゃく」と脂肪分ゼロの「鳥のささ身」だけを
食べて食事制限した反動で、
減量が終わると一人でマクドナルドとミスタードーナツに
入り浸る日々が続きました(汗)
あッ、、、(。。;)。
ボクの話はどうでもいいのです(汗)
とにかく、ボクは裕福でした。
世界の10億人が80%以上の「富」を享受しているとしたら、
ボクは間違いなく、その10億人の一人だと感じています。
「うちは貧乏だから・・・」
これは母の口癖でした。
だからボクは「うちは貧乏なんだ」と思っていました。
大学なんて、行ける訳がないと信じていました。
でも、ボクの両親は結果的に
ボクが大学に行く費用を工面してくれました。
4人家族で2DKの団地に住んでいて、
そのうち一部屋をボクと姉でシェアしており、
手作りカーテンを作って仕切ったりしていました。
決して貧乏だとは感じることはありませんでした。
やっぱり、「裕福」だったのです。
「世界の富」の80%以上を享受してきた人間の1人です。
一概には言えませんが戦後生まれ育った日本人の多くは、
「世界の富」の8割を享受してきた側の人間だと思います。
そして、現代のボクたちの生活には限界が近づいています。
経済の仕組みに、資源に、地球に、限界が来ています。
そしていま、叫び声が聞こえてきます。
「世界の富」の残り2割を40億人で分かち合っている
発展途上国人たちの叫び声が聞こえてきます。
「俺も富を感じたい!!」
・ ・ ・
貧しさを体感してきた40億人以上の人間の声です。
また次回に続きます。
今日も最後までありがとうございます。
やざわ たき
追伸:IKEAの知人はSAKODAに
行き、無事にコタツを購入したそうです(苦笑)
店の近所に北欧家具の「IKEA」が出来ました。
ボクの知人はIKEAに買い物に行って
「コタツを探しているんです!」
と店員に申し出たところ、その店員はこう言ったそうです。
「北欧にコタツはありません。日本特有のものです・・・。」
ガーーーーン(。。;)
さて、前回からの続きです。
20世紀に入ってから、社会主義よりも資本主義が
世界をリードして、憲法を定めることで万人に平等に
自由と人権を確保する統治が先進的で、現在まで
その流れで世の中が動いていると思います。
ボク自身も経済競争が自由な資本主義の国に、
日本国憲法によって、基本的人権(ヒューマンライト)と
自由と平等が守られ、「生かされて」参りました。
その中でボク自身が人道的にひどい事をしたり、
ひどい事をされたりしてきました(_ _ ”)
小学校の給食では、牛乳の早飲みごっこをしたり、
もっとも好きだった「金曜日限定のわかめご飯」を
死ぬほどおかわりしたり、デザートのパイナップルを
舌がしびれるほど食べたりしていました。
中学生のときは学力的な劣等感にさいなまれ、
珈琲をおともに、自分の殻に閉じこもったときもありました。
高校生の柔道部時代は、「減量」の為に
「こんにゃく」と脂肪分ゼロの「鳥のささ身」だけを
食べて食事制限した反動で、
減量が終わると一人でマクドナルドとミスタードーナツに
入り浸る日々が続きました(汗)
あッ、、、(。。;)。
ボクの話はどうでもいいのです(汗)
とにかく、ボクは裕福でした。
世界の10億人が80%以上の「富」を享受しているとしたら、
ボクは間違いなく、その10億人の一人だと感じています。
「うちは貧乏だから・・・」
これは母の口癖でした。
だからボクは「うちは貧乏なんだ」と思っていました。
大学なんて、行ける訳がないと信じていました。
でも、ボクの両親は結果的に
ボクが大学に行く費用を工面してくれました。
4人家族で2DKの団地に住んでいて、
そのうち一部屋をボクと姉でシェアしており、
手作りカーテンを作って仕切ったりしていました。
決して貧乏だとは感じることはありませんでした。
やっぱり、「裕福」だったのです。
「世界の富」の80%以上を享受してきた人間の1人です。
一概には言えませんが戦後生まれ育った日本人の多くは、
「世界の富」の8割を享受してきた側の人間だと思います。
そして、現代のボクたちの生活には限界が近づいています。
経済の仕組みに、資源に、地球に、限界が来ています。
そしていま、叫び声が聞こえてきます。
「世界の富」の残り2割を40億人で分かち合っている
発展途上国人たちの叫び声が聞こえてきます。
「俺も富を感じたい!!」
・ ・ ・
貧しさを体感してきた40億人以上の人間の声です。
また次回に続きます。
今日も最後までありがとうございます。
やざわ たき
追伸:IKEAの知人はSAKODAに
行き、無事にコタツを購入したそうです(苦笑)
妻がボクの夕食に、スーパーでお寿司の
惣菜を買って来て冷蔵庫に
準備してくれていました。
お寿司が大好きなので楽しみに
冷蔵庫を開けてお寿司が入ったビニール袋から
お寿司を取り出すと、
凄い角度でお寿司全体が左側に寄って
原型をとどめていないありさまを目撃し、
大きくため息をついた
やざわです(_ _ ”)
前回からの続きです。
社会的弱者にあたる被植民地の生産者、
いわゆる発展途上国の生産者の人たちが
作ったコーヒーを、先進国といわれる豊かな
ボクたちが消費するという構造があります。
以前ブログで紹介したワイングラスの法則で
言い換えると、世界の先進国の10億人が
おいしいコーヒーを飲んでいるという風に考えられます。
コーヒーを取り巻く環境に、
「不平等」が巻き起こっています。
政治についてはよくわかりませんが、
これまで現代人は君主制とか民主主義とか、
共産主義とか、いろんなイデオロギーの歴史を
経験してきて、
特に第二次大戦後の先進国は資本主義と
民主主義と法治主義を推し進めてきて、
経済的に発展し、豊かになったと思います。
ボクもその中で育ちました。アフリカの難民孤児が
絶対に食べることが出来ない魅惑のお菓子を
食べまくってきました。
てへ(-. -;)。
そんなこと言ってる場合じゃないのです。
問題は人間によって「不平等」が起きていることと、
「限界を知る時期」に達しているという事です。
人類規模で限界を知り、地球の限界を
知るべき時期に来ていると思います。
あなたが限界を知った瞬間を
ぜひボクに教えてください。
ちなみにボクが限界を知った瞬間は、
学生アメフト時代に110キロのウエイトを
1人でベンチプレスしてたときに、
胸元で力尽きてしまい、
補助してくれる人がいなかったため、
死ぬかと思ったときでした。(_ _ ”)
こんな感じで。

腕力の限界と、1人の限界を感じました…。
今日も良きカフェタイムを
お過ごしください。
やざわ たき
追伸:片寄ったお寿司は全部食べて、
ちゃんと酵素を補給しました。
ローフード万歳。
^
惣菜を買って来て冷蔵庫に
準備してくれていました。
お寿司が大好きなので楽しみに
冷蔵庫を開けてお寿司が入ったビニール袋から
お寿司を取り出すと、
凄い角度でお寿司全体が左側に寄って
原型をとどめていないありさまを目撃し、
大きくため息をついた
やざわです(_ _ ”)
前回からの続きです。
社会的弱者にあたる被植民地の生産者、
いわゆる発展途上国の生産者の人たちが
作ったコーヒーを、先進国といわれる豊かな
ボクたちが消費するという構造があります。
以前ブログで紹介したワイングラスの法則で
言い換えると、世界の先進国の10億人が
おいしいコーヒーを飲んでいるという風に考えられます。
コーヒーを取り巻く環境に、
「不平等」が巻き起こっています。
政治についてはよくわかりませんが、
これまで現代人は君主制とか民主主義とか、
共産主義とか、いろんなイデオロギーの歴史を
経験してきて、
特に第二次大戦後の先進国は資本主義と
民主主義と法治主義を推し進めてきて、
経済的に発展し、豊かになったと思います。
ボクもその中で育ちました。アフリカの難民孤児が
絶対に食べることが出来ない魅惑のお菓子を
食べまくってきました。
てへ(-. -;)。
そんなこと言ってる場合じゃないのです。
問題は人間によって「不平等」が起きていることと、
「限界を知る時期」に達しているという事です。
人類規模で限界を知り、地球の限界を
知るべき時期に来ていると思います。
あなたが限界を知った瞬間を
ぜひボクに教えてください。
ちなみにボクが限界を知った瞬間は、
学生アメフト時代に110キロのウエイトを
1人でベンチプレスしてたときに、
胸元で力尽きてしまい、
補助してくれる人がいなかったため、
死ぬかと思ったときでした。(_ _ ”)
こんな感じで。

腕力の限界と、1人の限界を感じました…。
今日も良きカフェタイムを
お過ごしください。
やざわ たき
追伸:片寄ったお寿司は全部食べて、
ちゃんと酵素を補給しました。
ローフード万歳。
^