3.11を映画にはしない | オーガニックコーヒー専門自家焙煎、カラダをピュアに戻してコーヒーを3倍おいしくする

オーガニックコーヒー専門自家焙煎、カラダをピュアに戻してコーヒーを3倍おいしくする

汚れたカラダのなかを赤ちゃんのようなピンク色に戻し、気持とカラダのドキドキわくわくセンサーを極限まで高めてコーヒーを3倍おいしくする。


3.11

多くの日本人にとって、
特別な日だと思います。

戦争と同じく忘れては
いけないことだと思います。

あの日、私は街のイベントに
カフェ出店していてテントの中で
オーガニックコーヒーを立てていました。

ほか多くの飲食店さんが同じように
テントを張って街行く人に商品を
販売していました。

夕方になり、

「東北が本当に
 大変なことになっている」


「津波がヤバい」

こんな声がどこからともなく
聞こえてきました。

私は東京の実家が気になり、
携帯ですぐに電話しましたが
いっこうに繋がりませんでした。

私は不安になりましたが、
それはほんの些細なものだったとうことを
すぐに知ることになりました。

そして別の大きな不安が募りました。
東北関東の地震、津波、
そして原発、放射能…、

現在も、今後も続いていく
大きな課題があります。

南海トラフ地震、東京直下地震、
九州の玄海原発、放射能、これからの
食の安全、流通、日本政府の対応、
企業の対応、それぞれ個人の考え、
個人の行動。

九州にいた私は、

「九州にいてよかった(助かった)」

不謹慎かも知れませんが
正直にこう思いました。

そして自分の生活を守ることで
精一杯で、小額の寄付しかできない
現状を情けなく思っていました。

 ・ ・ ・ 

「地震も津波も放射能も、
 俺には関係ないね。」


実は震災後、このように発言した
私の知人がおりました。

「なんて思いやりのないヤツだ」

私はこのように思いました。
そしてとても残念な気持ちになりました。


しかし…、


 ・ ・ ・ 


テレビで「ラジオ」という震災に
まつわるドラマを見ました。
http://www.nhk.or.jp/sendai/pickup/radio.html#2


そのドラマを見ながら、
このセリフが印象に残っています。


「感情移入だけして…」


これだけの言葉ですが「被災者」ではない
私の心に突き刺さりました。

被災の状況や厳しい状況を遠くから
ドラマを見て、文字通り、感情移入「だけ」して、
次の日は自分の生活に戻るだけ。

感情移入するだけで何も
行動できないのなら
その感情はどこへ向かうのだろう。

「地震も津波も放射能も、
 俺には関係ないね。」

こう言い放って普段と変わらぬ生活を
送っている知人と、今の自分は
本質的には何も変わらないかも知れない。

遠くで苦しんでいる人たちに
感情移入だけしても何も変わらない。
その想いを行動に変えなければ…。

映画が、その世界に感情移入して
楽しむものであるとすれば、
3.11は感情移入して終わる映画では
決してない。


 ・ ・ ・ 


少女はマザーテレサに質問しました、

「世界平和のために
 まず何をすればいいですか?」

マザーテレサは答えました、

「あなたの隣の人を
 愛してください」

行動して想いを届けることができない状態なら、
想いを届けることができる隣人を愛する。

それが世界平和のために誰もが
できる行動だと、彼女は
そう
教えているのだと思います。

だから私は、自分の使命として
感じている仕事をがんばろう。

寄付したい人は寄付をしましょう。

感情移入「だけ」はやめて、
その想い(エネルギー)を
行動に変えましょう。

ポケットに愛を詰め込んで。

今日もおいしくコーヒーを飲みましょう。
感謝できる人は感謝しましょう。

ありがとうございます。

タキ



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申し訳ありません。


最後に、

ドラマ「ラジオ」で主人公の某ちゃんが
実際にブログに書いて炎上したという
文章を見つけたので以下に紹介します。

___________

父のお下がりで貰った大切な青いドラムはドラムと呼べる形ではなかった。
漁師の祖父が建てた立派な我が家は今じゃ更地。
祖母の嫁入りの際に持って来た着物は海で若布のように漂う。
来るはずもない山の上に妹の通信簿。
若かりし頃の母の写真から海の匂い。
全部ガレキって言うんだって。
全部ガレキって言われるんだって。
町は被災地と呼ばれた。
ただの高校生が被災者と呼ばれた。
あの子は思い出になった。
上を向いて歩こうと、見上げる空は虚無の青。
頬を伝う涙なんて、とっくの昔に枯れちゃった。
頑張るしかない。渇いた笑いが吹き抜ける。
ガレキの受け入れ反対‼と TVで見たんだ妹と。
昨日までの宝物。今日は汚染物と罵られる。
子供を守れ‼受け入れ反対‼国も県も何してる‼
ガレキと暮らす私達。
好きで流されたんじゃないのに...。目から流れた涙は懐かしい海の味。
こんな悲しいモノを見るくらいなら、受け入れなんて最初から言わないで。
そんな簡単な問題じゃないだろと、ガレキの山が私を見下ろす」
私がもし非災県に住んでいて、私にもし子供がいたら同じ事を言っていたのかな。
ガレキの「受け入れ」
「受け入れる」のはガレキだけじゃないんだとふと思う。
私が本当に受け入れて欲しかったモノはガレキじゃなかったのかもしれないとふと思う。
少なくとも受け入れて欲しかったそのモノには放射能なんて付いていない、
心の奥にある清らかな優しいモノのはずだった。
そんな事を考えながら、絆の文字が浮かんでは泡のようにハジけた。