被爆の実相を胸に刻み、平和への決意を新たに
8月5日から6日にかけて、広島市で開催された「2026全国農団労平和広島セミナー」に参加した。今年は被爆81年。被爆地・広島で、被爆者や被爆体験伝承者、高校生平和大使の皆さんの話に耳を傾け、核兵器廃絶と恒久平和への思いを新たにする2日間となった。セミナーには全国から58人の参加があった。
連合2026平和ヒロシマ集会
5日午後は、上野学園ホールで開催された「連合2026平和ヒロシマ集会」に参加。
集会では、「核兵器廃絶2026ニューヨーク行動」の活動報告として、広島県農協労連の瀧本書記長が壇上で報告を行った。核兵器のない世界を求める市民の声を国際社会へ届ける運動の重要性を改めて実感した。
続いて行われた被爆体験証言では、広島県原爆被害者団体協議会の切明千枝子さん(96歳)から約1時間にわたり被爆体験を伺った。
切明さんは15歳のとき、爆心地から約1.9キロの比治山橋付近で被爆した。当日は足を痛めていたため、橋を渡る前に倉庫の軒下へ身を寄せた。その直後、まばゆい閃光とともに原子爆弾が炸裂した。もしそのまま橋を渡っていたら命はなかったと振り返られた。
また、戦前の軍都・広島では、宇品港から戦地へ送られる軍馬がクレーンで吊り上げられ、「ヒヒーン」と悲しげに鳴く姿を子どもの頃に目撃したことが、戦争への疑問を抱くきっかけになったという話も印象深かった。
さらに、原爆投下直後には、皮膚が垂れ下がり、衣服が焼け焦げた人々が「水をください」と助けを求めながら歩く姿や、多くの人が力尽きて倒れていく地獄のような光景を目の当たりにしたという。「平和記念公園は戦争公園である。歩くたびに『踏んづけてごめんね』と心の中で語りかけている」と語られた言葉には、今もなお被爆者が背負い続ける悲しみと責任の重さが込められていた。80歳を過ぎてから本格的に語り部として活動を始め、「戦争を二度と繰り返してはならない」と訴え続ける姿勢に深く心を打たれた。
その後、第28代高校生平和大使の皆さんからは、スイス・ジュネーブの国連欧州本部を訪問した活動報告が行われた。世界各国の外交官や国際機関へ核兵器廃絶を訴え、被爆地・広島、長崎の思いを世界へ届ける活動内容が紹介された。
続いて、第29代高校生平和大使の皆さんからは、「私たち若い世代が平和のバトンを受け継ぎ、核兵器のない世界を実現していく」との力強い決意が表明された。世代を超えて平和運動が受け継がれていることを実感する内容であった。
広島県農業団体被爆者慰霊祭
翌6日朝は、中区大手町の広島県農業会原爆物故者慰霊碑前で「広島県農業団体被爆者慰霊祭」が執り行われた。
慰霊碑は1971年に建立され、広島県農業会原爆物故者83人の慰霊のために建てられた。当時、広島県農業会では職員71人が死亡し、72人が重傷を負うなど、農業団体も甚大な被害を受けた。献花、黙とう、平和の誓いを通じて、犠牲となった方々への哀悼の意を捧げた。
被爆体験伝承者による平和学習
ホテルへ戻った後は平和学習会が開かれ、被爆体験伝承者の上野勢以子さんから、お母様の被爆体験を受け継いだ証言を伺った。
上野さんのお母様は広島市内で被爆し、一瞬の閃光と爆風によって街が壊滅し、多くの人々が大やけどを負い、「水をください」と助けを求めながら力尽きていく惨状を目の当たりにした。また、家族や知人を失った悲しみだけでなく、戦後も放射線の影響による健康不安や被爆者への偏見に苦しみながら生活を続けなければならなかったことが語られた。
上野さんは、こうした体験を単に過去の出来事として伝えるのではなく、「被爆者が命をかけて残した証言を、次の世代へ正確に伝えていくことが伝承者の使命である」と語った。被爆者の平均年齢が高齢化し、直接体験を語ることができる人が急速に少なくなる中、被爆者から直接聞き取った証言を忠実に語り継ぐ伝承者の役割は、年々重要性を増している。
「被爆者が本当に伝えたかったのは、悲惨な体験そのものではなく、『二度と戦争も核兵器も繰り返してはならない』という願いである。その思いを私たちが未来へ引き継いでいかなければならない」との言葉は、強く心に残った。
被爆から81年が経過し、戦争を直接体験した世代が少なくなる今だからこそ、体験を語り継ぐことの意味と責任の重さを改めて考えさせられる学習会であった。
続いて、前日に引き続き第28代・第29代高校生平和大使6人から、ジュネーブでの活動報告と平和へのメッセージが発表された。高校生ならではの率直で力強い言葉には大きな説得力があり、「核兵器のない世界を諦めない」という決意が会場全体に伝わってきた。
最後に全国農団労の福田代表がまとめを行い、2日間のセミナーを締めくくった。
被爆地で学ぶ意味
広島で被爆体験を直接伺うたびに、平和は決して当たり前のものではなく、多くの尊い命の犠牲の上に築かれていることを痛感する。
世界では今なお戦争や武力紛争が続き、核兵器使用の危険性も高まっている。そのような時代だからこそ、被爆の実相を語り継ぎ、核兵器廃絶と恒久平和を求める運動を粘り強く続けていくことが求められている。
今回の平和広島セミナーで学んだことを徳島へ持ち帰り、一人でも多くの仲間へ伝えながら、「戦争を二度と繰り返さない」「核兵器のない世界を実現する」という被爆者の願いを、これからも労働運動と平和運動の中で実践していきたい。


