

11月1日、県民と働く者のとくしまフェスタ2014開会式典がヒューマンわーくぴあ徳島で開催された。オープニングは池田大侑さんの三味線が披露された。主催者あいさつでは公益社団法人徳島県労働者福祉協議会の小松義明会長と県民と働く者のとくしまフェスタ実行委員会の河村和男委員長より行われた。また、来賓あいさつでは、飯泉嘉門徳島県知事代理の仁木弘徳島県商工労働部副部長をはじめ、4名から祝辞が述べられた。その後、「夏休みの思い出」表彰にうつり、幼児の部、小学校低学年の部、小学校高学年の部でそれぞれ表彰式が行われた。最後に開会宣言が行われ、「県民と働く者のとくしまフェスタ2014」が幕を開けた。

午後は、連合徳島3地協合同講演会「防災フォーラム」が阿波観光ホテルで開催され、福島県相馬市の立谷秀清市長より「災害対応は義理と人情」というテーマで、東日本大震災発生から現在に至るまでの対応や取り組みについて時系列的に説明が行われた。福島県は明治以降、津波で人が亡くなったという歴史がなかったためハザードマップもなかった。そのため、震災発生時は4500人の避難者に対し、700人分の水と毛布しかなかったので自動販売機の水やスーパーマーケットの商品を丸ごと相馬市が買い取るなどして対応したという。すぐに救援物資も送られてきたが、原発事故が起こってからはトラックが入ってこなくなった。そこで、市職員でチームを編成し救援物資を取りに行くようにした。避難所には病人も多く、医薬品に合わせ医療チームの派遣も要請した。震災や家族を亡くしたショックなどから自殺も懸念されたため、その対策も講じた。行方不明者確認のため住民基本台帳から生きている人を削除してしていった。また、避難者は着の身着のままだったため、全員に3万円を配った。さらに、相馬市の空きアパートを押さえ仮設住宅が建てられる土地も洗い出した。仮設住宅の建設に当たっては孤独死防止のためコミュニティの場が作れるよう長屋風にした。津波で亡くなった人は458名だったが、消防団が最前線に立ち住民らを避難させたお陰で9割の人が助かったという。しかし、消防団長をはじめ10名が犠牲となった。立谷市長は、市長命令で犠牲になった消防団員の子供たちが大学を卒業するまで責任を持つ義務があると感じ、市が支援しようと決心したが、他にも親を亡くした子供はおり、全51名全員を支援することとなった。そのための費用は一人1千万円として5億1千万円必要なため募金を募ったところ2年で集まった。復興については津波被害の農地を復旧し、米を作付けしている。来年はその米を学校給食に使用する予定となっている。立谷市長は、シナリオのない相馬市役所災害図上訓練の様子を紹介し、「他の自治体の震災経験は役に立たない。市町村ごとにテーマが違うからだ」と述べた。自身も、市長マニュフェストとしての復興計画を策定したところ優秀賞に選ばれたという。他にも、天皇皇后両陛下や国連の潘基文事務総長、ブータン国王訪問時のエピソードなどが披露された。


11月3日は、徳島市新町橋東公園で第5回九条まつりが開催され、講談師の神田香織さんが「平和を叫ぶ~あきれ果ててもあきらめない~」と題した講談を行ったほか、エイサーや大声大会が行われた。


また、JR徳島駅前では労働者保護ルール改悪阻止「全国アピールリレー」街宣行動が行われ、連合徳島構成組織の組合員らが労働法改悪阻止を訴えるチラシとティッシュを配ったほか、河村和男会長をはじめ、庄野昌彦県議会議員らが非正規労働者の増加、格差拡大など厳しさを増す労働者の生活に追い打ちをかける労度者保護ルールの改悪反対を訴える街頭宣伝を行った。また、全国縦断アピールリレーとして連合香川・進藤会長と自転車部隊が会場に到着し、タスキが河村会長に引き継がれた。タスキは4日から徳島県内各地でアピール行動を行ったのち7日に連合兵庫に引き継がれることとなっている。


