
6月27日から7月3日の7日間、連合主催の東日本大震災救援ボランティアに参加してきました。27日午前中に東京都千代田区の総評会館で第12陣の出発式を行ったあと大型バスで仙台ベースキャンプを目指しました。仙台市青葉区昭和町の宮交会館がBCとなっており、到着後、結団式が開催され連合宮城の会長等から挨拶を受けました。その後、48名を7班に編成し我々全国農団労、私鉄総連、JR総連の8名が5班になりました。班長は互選で私になりました。その後は班単位での行動となり翌日からは朝8時15分にBCを出発し仙台市宮城野区岡田の岡田会館を拠点に周辺の側溝汚泥除去作業に当たりました。作業内容は、側溝のふたを開けヘドロを掻き出し土嚢袋に詰めて一輪車で集積所へ運ぶ作業の繰り返しです。合羽、長靴、ゴーグル、マスクを着用しているため、全身汗だくになります。作業時間は午前中2時間、午後1時間半と比較的短いのですが気温と湿度が高く(四国に比べればはるかに涼しいです)日頃肉体労働をしていない私にはとても長く感じました。それでも、我々5班は平均年齢48歳と7班中最高齢なだけあって精神的・肉体的にタフな連中の集まりでした。他の班を尻目に怒涛の如く側溝を進んでいきます。私は一輪車で土嚢袋を運搬していましたが追いつかないくらいの勢いです。しかもずっと皆で冗談を言いながら疲れも見せず楽しそうに作業をしていました。3日目は生活班だったのでBCの清掃や弁当の準備、備品の棚卸等はありましたが体を休めることが出来ました。そして翌日からまた2日間作業を行い、最終日の午後は岡田会館の清掃をして今回のクールが終了しました。腰は痛く、握力も無くなるくらい大変な作業でしたが、頼もしい仲間たちのお陰で何とか乗り切ることが出来ました。でも最中にキツイと感じたことはなく終わった時は達成感と爽快感さえ覚えました。しかし、この作業が本当に地域住民の役に立ったのだろうか?自己満足のボランティアでなかったか?という自問自答もあります。というのも岡田地区は居住しても良いという行政判断が未だ出ていないからです。居住禁止区域になる可能性もあります。それでも、我々が作業していた隣りで農家の老人が桑一本で畑を掘っていました。農機具も全て流され人力で畑を復興しようと朝から黙々とやっている姿を見ると胸が熱くなりました。個人の所有地は手伝えないので残念でしたが、倉庫の裏の土を除去するなど多少のお手伝いと震災当時のお話などを伺う事が出来ました。今回の大震災で家族やペット、家、農地が被害に遭われた方の心痛は計り知れないものがあります。取り壊される家、一階が空洞になった家、農地の中に流れてきた車や流木、倒れた墓石、誰もいない町などを見ると本当に復興出来るのだろうかとさえ思います。自然の力の前に人間は無力ですが、ここまで文明を発展させてきたのも人類です。必ず復興出来ると信じたいものです。あっという間の一週間でしたがボランティアを通じて仲間との絆を深めることもでき、人間的にも成長できた良い機会でした。第12陣参加メンバー全員と連合本部、連合宮城の関係者に感謝を申し上げます。

TEAM農団労
