【突破口】


彼はスクーターを止めて電話に出た。

「とにかくすぐに来てくれ」だって。

事情がよくわからないまま急いで指定された場所へと向かう。

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カラカス市内の街の賑やかな通りにあるビルの一階。
親友たちが共同で開いた店で、彼も起ち上げの際には関わったという思い入れのあるアラビアンファストフードのカフェ、彼の友人達が笑顔で迎えてくれる。

テーブルには書類が揃えてあり、証人と市の登録官の名前が印された誓約書などが用意されていた。

これに二人で署名すれば完了だよ、結婚おめでとう!

渡航して7ヶ月が経っていた。
共に国を移動し、問題があれば奔走し、心が折れそうになると励まし合って過ごした。
一緒にいると楽しいことは倍になり、辛いときは半分になった。

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国の機関で働く知人のコネクションを頼ってみたり、規律が比較的緩いという遠くの区域へ行ってみたり、教会へ相談に行ったり、とにかく出来る限りのことはやってみたけど何故か上手くいかなかった。

一歩進んでは二歩下がるの繰り返し。
日を追うごとに役所の状況も悪化し、申請書の受付を数ヶ月停止しますという貼り紙まで出てきていた。

万事休す、、

結婚の手続きが行き詰まり頓挫してると友人に愚痴をこぼしていたら

「うちは俺も奥さんも外国人だから手続きが煩雑だったんで専門家に任せた。その時に世話になった人を紹介できたらいいんだけど。
でももうずいぶん昔のことだし今は連絡先がわからないんだけど、ちょっと調べておくよ。
それと来週から俺らはしばらく留守にするよ、家族を連れて旅行に行くんだ。」

その友人の話のこともすっかり忘れていて、だから急に連絡があった時は驚いた。

「実は先日話してた公務官を旅行先で偶然見かけてね、彼だと気づいてすぐに声を掛けたんだ!

マジでびっくりしたよ、こんな事ってあるんだね。

それで君たちの話をしたら引き受けてくれるってさ。」


段取りが整うとすぐに支払いの準備がある。
米ドルでは受付けないと言うので、手数料のための現地の通貨に両替しなければならず、(一定額以上の両替はほとんど不可能な状況だった) 友人の知人である両替商に鑑定に来てもらい、何とか現金を用意してもらった。
大した額でもないのにインフレのせいで札束の量が半端なかった。

数日後、遠方にある登記所で婚姻証明を受け取ると、安堵した私はトイレに行った。
戻って外に出ると、彼が駐車場の一角にいた見知らぬおじさんに話しかけ、立ち話をしているのが見えた。

あろう事か、その大事な原本をファイルごとそのおじさんに渡しているではないか‼︎
軽くパニックになった私は急いで駆け寄り、彼の狂気じみた行為を止めようと近づいた。

「どうしたの?そんなやっと手に入れた大事な証明書を見知らぬ人に渡そうとするなんて、おかしくなったの?!」

「いや、あの人は昔、大臣の運転手をずっとしていた人なんだ。どこかで見た顔だなって、ふと思い出したんだ。それで声をかけてみたらやっぱり彼だった。」

「えっ、でも、今は違うんでしょ?ここの駐車場で働いてるの?」

「うん、でも彼に頼めば直接大臣に取り次いでやってもらえるから早く済むはずだよ、もう時間ないからさ。ラッキーだったね彼が居てくれて。」

日本行き 名前 電話番号
おじさんは証明書の上部にえんぴつで走り書きした。

チップを受け取ると、
「あさって連絡するから取りに来て。場所は後で知らせる。」とだけ言い残して仕事に戻って行った。

唖然と立ち尽くす私を見て彼は言った。
「心配ないよ、大丈夫だから。」

アポスティーユ (Apostille)  ハーグ国際私法会議で締結された外国公文書の認証を不要とする条約が定めているもので、駐在領事による認証に代わり公文書に外務省、公証人役場等が実施する付箋による証明のこと。
国外に証明書を持ち出す場合、外務省にあたる公的の割印を追加で押してもらうことで、自国以外でも承認される保証を取っておくほうがいいと咄嗟に判断しての行動だったらしかった。

そんな事情を知る由もない私が警戒したのも無理はない。だって3カ月もかかった証明の原本をあっさり道端にいた他人に預けるなんて驚くよ。
どうぞ無事に戻ってきますように。。。🙏🙏

出発はあと数日に迫っていた。