タクシーの車窓から眺める、大通りの両側に建つ大きなビル群、常緑樹が並ぶ広いアベニュー。
ここが今日から住む街なのかとワクワクした。

アパートは空港からほど近く、国立大学や広大なシモンボリバル公園が隣接する区画。
高い塀でぐるりと囲われた敷地に、レンガ造りの建物が立ち並ぶちょっと変わったところだった。

ABCDと4つのゾーンに区切ってゲートがあり、私のいたDゾーンの敷地だけでも11棟もの集合住宅があった。運動場やテニスコート、小さな商店や教会⛪️、ジムや遊戯場の併設した公民館まであって、夜になっても沢山の人が行き交っていた。

うん、彼が提案してくれたフラット・シェアの環境は、申し分なさそうだった。

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渡航を決めた直後から私の部屋を探してもらっていた。その頃、パートナーと別居した彼は友人宅に住んでいた。

「 いろいろ見てるけど、どこも高いね。
先日写真送ったアパートも悪くなさそうだったけど、どう思う?

それより、、実は、兄が頼んでくれた先があって、僕はそこへ移る事にしたんだけど、良かったら君もどうかな?
もし僕と同じところが嫌なら、別のところも探すから、条件があれば遠慮なく言ってほしい。」

カナダ留学時代に兄の友人だった縁で今回お世話になる事になったらしい。

「 借主のエリアナは英語も仏語も話せるんだ、君も直接コミュニケーションが取れて都合がいいんじゃないかなと思って。
それに家具や電化製品もわざわざ買わなくて済むしね。」

結局私たちはそれぞれ間借りする形で、彼はエリアナと一足先に引っ越し、準備をしてくれていた。

案内された部屋に入ると、寝具も机も椅子も棚も全部用意されていた。
私の部屋には北と東向きの2方向にガラス窓があり、明るく風通しも良かった。白い壁には可愛い動物のシールが貼ってあって、子供部屋だったんだろうなと想像できた。
4階からの眺めも開放感があって悪くなかった。

彼の部屋は私のよりも少し狭かったが、大型のテレビも壁に設置され、クリスマスらしく電飾で飾られて居心地がよさそうだった。

ここの女主人エリアナは、カナダやスペインにも留学経験があり、ウーマンリブ関連の博士号まで持っていた。裕福な家庭で育ち、語学も堪能、高い教育も受けた彼女だったが、噂通りなかなかのクセ者だった。

シングルマザーで、娘のミランダはまだ赤ちゃんだったが、一度も子供の父親の姿は見かけなかった。

彼女の両親はこの建物の下に小さな商店を持っていて、エリアナの兄が時おり店を手伝っていた。
近所に住んでるので時々アパートにやって来て孫の面倒を見たり、食事を作ったりしていた。

赤の他人の生活を見ることも、共同生活もしたこともない私にとっては、ルームシェアは興味深い経験だった。コロンビアだろうが日本だろうが人間の生活はどこも同じ。

大人3人それぞれの事情で始まった共同生活、
イザコザが日常茶飯事の滞在ではあったけれど、それでもここに来て良かったと思っている。

私の新しい住処  着いた翌朝の風景
ひとつの町のような住宅地

広く囲われた敷地内では多くの住民が行き交う