天候の不順はそれからもつづき、いくつかの取材を無駄にし、9月に入った。

 最初の連休は、東京の某有名山岳会に所属しているメンバーたちを会津の渓に案内する計画があった。初めて顔を合わせる人たちで、沢の経験は少ないということで、こちらもスタッフをそろえた。

 天気iはおおむね恵まれた。場所は大幽沢の東の沢から丸山岳に登頂するというもので、初日は無理をして奥の二俣まで足を延ばした。そこまで入っておけば、翌日の登頂は射程範囲だったからだ。

 初めてのタープ泊、そして始めての焚火体験と、みなさんには楽しんでもらえたと思う。しかし、二日目の行動に油断があった。ここからなら充分山頂往復ができる、という油断である。ために出発が少し遅れた。三日間中、もっともいい天気だったのにもかかわらず。

 調子が悪く、ベースで帰りを待つという夫婦にスタッフをひとり付け、残るメンバーで山頂をめざした。結果、稜線を間近にして力尽きた。高齢者の方がいて、調子の優れない方もいたのだが、それは言い分けにしかならない。すべては私の至らなさである。あと300m進めば、少なくても稜線には立てたはずだった。しかし、そのわずかな距離を登るかどうかが苦渋の決断だった。帰路、ベース手前で日没になればペースは格段に落ちる。それだけは避けたかった。ならば、どうして早発ちをしなかったのかが悔やまれた。

 朝、遅い出発をしようとしている私に、お客さんのひとりが呟いた。高桑さん、油断をしましたね・・・・と。そうなのだ。体調の優れないひとやペースの遅いひとたちの存在を承知のうえで、なおかつ結果を示すのがガイドの最低の仕事なのである。その少しの判断ミスが、稜線直下の撤退に繋がったのである。

 とても楽しかったですよ、と口々に言ってはくれるのだが、やはり素直には頷けなかった。悔恨のガイドだった。あの稜線と、あの湿原の頂に立ってこその渓谷遡行なのである。その結果が得られなければ、ただの辛い沢歩きだったかもしれない。けれど、よく歩いてもらった。渓ってステキだね、と言ってもらえたのが、なによりうれしかった。できるものなら、もういちどチャンスが欲しいと思う。こんどは、とびっきりの渓にご案内しますから・・・・。