世界にはばたけ
俺の夢はこの俺町新聞を日本中に、いや、世界中に広めることだ!そのためには、まず町の小さな出来事からコツコツと取材していくに限る。それが俺町新聞編集部部長の役目である。さあ、世界中の読者が俺の取材を待っている。そんな意気込みを胸に俺たち取材班は、編集室を飛び出した。
「部長、お言葉ですが、恰好つけすぎです。」
「モノローグぐらい恰好つけさせてよ。」
―――第二話 世界にはばたけ―――
俺には、才能がないんだな。大学卒業とともに、小説を書き始めてもう十年になる。バイトをしながら、空いた時間で小説を書き、出版社に投稿しているものの、いまいちぱっとした結果はでないし、賞をとったのももう6年も前だし、それだって佳作止まり。こうして、地元である俺町に戻ってきて、そろそろ小説家になることも諦めようかと考えている。両親だっていつまでも長生きするってわけじゃないし、年金暮らしだって楽じゃないのはわかってるんだ。今からでも遅くない、安定した職業について、親を安心させてやらないと。
「この町に小説家がいるのか?」
「正確には、小説家崩れですけどね。夢をあきらめてこっちに戻ってきたみたいです。高校の同級生で、当時から小説は書いてたみたいなんですけど、まさか卒業後10年も書いた結果諦めて帰ってきてるとは思わなかったです。」
広報班の山口の同級生が昔、小説を書いていたそうだ。ちょうど来週の取材企画がまだ決まってなかったから、夢破れて地元に戻る青年の心境でも取材してみるのもいいかもしれない。
「あ、でも、夢破れて帰ってきたわけですから、かなりナイーブになってると思うんですよね。」
「ああ、そこは任せろ。俺、人の精神をえぐるような質問はしないから」
「・・・・どうだか。」
というわけで、俺たち取材班はその小説家崩れとアポをとることになった。家までつくと、山口が家の呼び鈴を押した。しばらく応答がなかったため、山口はもう一度呼び鈴を押した後、声を張った。
「俺町新聞社の山口ですー。取材にまいりましたー。」
すると数秒後、がちゃりとドアが開いて、中からやつれた青年が顔を出した。
「山口か・・・。」
「おお、夏目。久しぶりだな。お前、まだ小説k・・・・」
山口がすべて言い切る前に、ドアは閉められた。俺たちは時間が止まったかのようにその場に立ち尽くした。明らかにタブーなワードを山口が言ってしまったことに我々は気付いていた。野中くんに至っては山口を睨みつけている。
「どうするんだ、山口。本人明らかに小説のことひきづってるじゃないか。これじゃあ、取材にならないじゃないか。」
「あそこまでナイーブになってるとは思わなかったんですよ。」
「仕方がない。ここは取材のプロの俺に任せろ。」
取材のプロといっても、まだ取材歴は3年だが、それなりに、コツはつかんでいる。小説のこととかは置いといて、まずは世間話から入って、彼の心の扉をすこしずつ開いていこう。俺はインターフォン越しに彼との対話をすることにした。
「いやー、もう寒いですねー。」
「・・・・・・・。」
「もう鍋の季節ですねー。あ、そうだ。今日、うちで鍋パーティーをしようと思ってるんですよね。」
「・・・・・・・。」
「ど、どんな鍋にしようかなー。おでんもいいなー。キムチ鍋もあったまるしなー。あー、すき焼きでもいいなー。できればみんなで食べたいから、夏目さんも一緒にどうですか?」
がちゃりと音がしたかと思うと、夏目家のドアが開いていた。ひょろりとした顔の夏目さんがこちらを見ている。顔の割に案外人間味のある人だ。
「先輩、すげー。」
隣で山口が感嘆しているのがわかる。しかし、これはまだまだ序の口。心の扉、もとい玄関の扉を開くことに成功はしたが、大切なのはここからどう畳み掛けるか。ゆっくり慎重に・・・。
「!!?」
俺が次の一手を練ろうとしているうちに野中くんが飛び出した。素早く家の中まで入ると、夏目さんを取り押さえてしまった。なんという強硬手段。まさに雨と鞭。太陽と北風。
「な、なにするんだ!けけけけ警察を呼ぶぞ!」
「野中くん、やりすぎだ。」
「部長、お言葉ですが、これ以上の問答は時間の無駄です。」
そう言うと野中くんは、夏目さんの腕を掴んで、その手をこちらにみせてきた。夏目さんの手はペンだこでごつごつしたインクまみれの手だった。
「夏目さんは、小説を諦めてません。この手がその証拠です。」
「・・・・・・・・・。」
「夏目さん・・・・。」
「・・・・諦められるわけないじゃないですか!!」
「!!」
「ずっと夢だったんです。小説家になることが!それなのに、急に現実を見ることなんて僕には無理です!!安定した仕事について、親を安心させたい。頭ではそう考えているのに、でも、どうしても、心が!諦めることを許してくれないんですよ!!」
夏目さんはいつの間にか涙をこぼしていた。そこで、山口が何かに気が付いたように、夏目さんの元に駆け寄った。
「夏目、今一番自信のある作品を俺に見せてくれないか?」
「・・・・・・・・・・・?」
夏目さんの部屋は、ボツの原稿をくしゃくしゃに丸めたものや、参考にした本などで足の踏み場もない状態だった。その部屋の真ん中に、普段原稿を書くために使っていると思われる机がある。山口は、夏目さんに渡された“一番自信のある作品”を読んでいる。我々も同様にその作品を読むことにした。数分後、山口は口を開いた。
「面白い。これは、若者ウケするぞ。」
「・・・・いいや、若者だけじゃない。我々おっさん世代にも読んでいて面白い。」
「お言葉ですが、私のような女性が読んでも面白いかと・・・。」
その作品は、お世辞じゃなく三人に大絶賛を受けた。そして、山口が夏目さんに向かって言った。
「夏目、これをうちの新聞で連載してみないか?」
「・・・・・!そんなことができるのか?」
「できるできる。まあ、上との相談になるが・・・。」
そう言って山口がこちらに目をやった。やれやれ、仕方のないやつだ。わかってるよ、それぐらい。俺は無言で頷いた。
「大ヒット作を狙ってるお前にとっては、うちみたいな地方新聞での連載ってのはちょっと気に食わないかもしれないが、これを機にまた小説家としてやり直してみないか?」
「・・・・うん。ありがとう。喜んで書かせてもらうよ。」
夏目さんは、またいつの間にか泣いていた。
夏目さんがうちで連載を始めてもう三週目になる。気が付けば少しずつであるが、夏目さん宛のファンレターが届いている。やっぱり、夢はあきらめないことだ。俺も、いつか、この新聞を世界に向けて発信したい。
「お言葉ですが部長、世界に向けて発信するなら英語で表現するべきでは?」
「・・・・・・・・・・。」
まったく、空気の読めない秘書だ。