鳥人間
「隣のおじさんいるじゃん」
妹がアイスを食べながら喋りかけてきた。一方テレビを見ている俺は「ああ」と気のない返事をした。隣のおじさんと言えば、我が家とはなんの関わりもないが顔だけは知っているというぐらいの人間である。ご近所づきあいといものが減少している現代、うちのような隣の家の人との付き合い方は特別珍しくもない。
「隣のおじさん、鳥になったんだって。」
妹は傍から聞くと意味不明なことを言った。しかし、俺にとってそれは意味のあることだった。
先ほど、隣のおじさんとうちの家庭にはなんの関わりもないという表現をしたが、俺自身はそういうわけにもいかなかった。ほんの数日前のことだった。俺がちょうど窓を開けると、隣の家の窓からおじさんが顔を出していた。おじさんと目があうと、おじさんは何か言いたげな表情をした。そして、手招きをした。なんだろうと思い、家から出、おじさんの家の前に行った。同じくおじさんも家から出てきた。おじさんは自慢げに言った。
「知ってるか。人は高いところから飛び降りると鳥になれるんだ。」
それが比喩的な意味なのか、どういうニュアンスを含んでいるのか、俺には理解できなかったが、おじさんの表情から狂気的なものを感じた。俺は怖くなってすぐに家に帰った。その日の夜に、このことを妹にだけ話したのだった。
「つまりおじさんは――――」
「ビルから飛び降りて死んだ。自殺したってこと。」
隣の家のおじさんが自殺した。もともとは顔ぐらいしか知らないはずだった人間。しかし、つい先日初めて喋って、そのときの言葉が自殺を予告するものだったのだ。
「それにしてもどうしておじさんは、俺にあんなことを言いたかったんだろう。」
この問いかけをする頃には妹はすっかりアイスを食べてしまっていた。しかし、冷たいものをいっきに食べ過ぎて頭が痛くなったのだろう。頭を押さえながら妹は答える。
「誰かに聞いて欲しかったんじゃない?それでも家族に言っちゃえば変な心配されちゃったりするから、なるべく関わりのない人間がよかったんじゃない?」
それでたまたま窓を開けたときに目があった俺に白羽の矢が刺さったわけか。それにしてももっと他に相談できる人がいただろうに。俺がまだ不思議そうな顔をしていることに気付いたのか、妹は違う答えを導きだした。
「それとも―――――」
妹が切り出そうとしたとき、家の近くで鳥が一羽、鳴いた。そのあと、妹は変な笑みを浮かべて言った。
「本当に鳥になっちゃったのかもよ?」