「……ちゃん、きょうちゃん、きょうちゃんってば~!」

耳慣れた呼び声に、まどろみから引き戻される。
机から顔を上げると、眼鏡の幼馴染は心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「…お、麻奈実か。どうした?」
「どうしたじゃないよ~。さっきから起こしてるのに、全然起きてくれないんだもん」
「――悪りぃ。最近遅くまで勉強してて、ちょっと寝不足でな」
「そうなんだ。えらいね、きょうちゃんは」

にこやかに俺の頭を撫でてくれる麻奈実。
あぁ……癒される……。
俺は縁側でお婆ちゃんと並んでお茶を啜る風景を幻視した。

「でも、どうしたの?もう合格安全圏だったよね?」
「……まあ、念には念を入れてな」
「そっかぁ。でもきょうちゃん、無理して体壊したら駄目だよ?」
「分かってるって……帰るか、麻奈実」

俺は荷物を鞄に詰めて立ち上がる。
麻奈実は申し訳なさそうに笑い、

「ごめんね。今日は一緒に帰れないって、それを伝えに来たの」
「……そっか」

最近付き合い悪くなったよな――こいつ。
まぁ、それは俺の方も同じなんだが。

「じゃあ、また明日な」
「あ、待って、きょうちゃん」
「……ん?」

教室を出ようと、踵を返したところを呼び止められる。

「きょうちゃん、何か悩み事、あるでしょ?」
「………」

……ほんと、こいつに隠し事は出来ないな。
俺のついた嘘なんか――半分は本当なんだが――すぐにバレちまう。
まさか、こいつも『俺の事を見ていた』――なんて、そんな事は無いか。
ガキの頃から一緒だから、黙っててもお互いの事が分かっちまうって、そんなところだろ。

「さすがだな、麻奈実……それでこそ俺のお婆ちゃんだ」
「わ、わたしがお婆ちゃんなら、きょうちゃんだってお爺ちゃんだよ」
「違いねぇ」
「もう。茶化さないでちゃんと答えて」
「悪りぃ悪りぃ。……お前の言うとおりだよ。実はちょっと悩んでることがある」
「うん」
「でもゴメンな。ちょっとお前にも相談できない事なんだ」
「……そっか。でも、私で力になれる事なら、何でも言ってね」
「おう。そんときゃ頼むわ」

急に、心配してくれる麻奈実に隠し事をしているのが後ろめたくなってきた。
それは、隠し事をしている事に対してなのか、それともその『隠し事』そのものなのか……。
多分、後者だろう。


麻奈実と別れ、正面玄関の靴箱の前に行くと、制服姿の黒猫と鉢合わせになった。
軽く片手を上げて、挨拶をする。

「よ、よう」

黒猫も軽くお辞儀をして挨拶を返す。

「あら先輩。今帰りかしら」
「まぁ、そんなところだ」

気まずい沈黙が流れる――かと思いきや、意外にも、黒猫は気さくに話しかけてくれる。

「折角だし、一緒に帰りましょうか」
「あ、ああ……」

早いもので、あの日から数日……今日は新学期初日だった。
まだ昼を過ぎた頃で、公園で遊ぶ子供達や、そのまわりで井戸端会議に精を出す奥様方を見かける意外、この住宅街に人通りは多くない。
そんな通学路を、俺と黒猫はごく自然に部活の話や新作ゲームの話をしながら歩いていく。
付き合う前と、何ら変わりない黒猫の様子に、俺は内心複雑だった。
女ってのは、立ち直りが早いとか、気持ちの切り替えが早いと聞くが……こんなもんかね。
ボーっとそんな事を考えていると、隣で小さなため息。

「……はぁ。先輩、また気の抜けた顔をしているわよ」
「……申し訳ないッス……」
「まぁ、気持ちは分からなくは無いわ。私だって、少しは気まずいもの」
「そ、そうか」
「……何故嬉しそうなのよ」
「べ、別に」

ぷいっと顔を背ける。別れた彼女に未練たらたらみたいで、とてもバツが悪い。

「ところで先輩……顔色が悪いわね」
「……ちょっとした寝不足だ。これでも受験生だからな」
「嘘おっしゃい。『もう合格圏内だから余裕なんだぜー』なんて自慢してくれたじゃない」
「お前、俺のモノマネ下手なのな」
「……何か言ったかしら?」
「何でもないッス」

うぅ……情けねぇ……今更だが、後輩と先輩の立場が逆転してないだろうか。
どうもこいつに問い詰められると、俺はヘタレと化してしまうらしい。

「私が……あなたを苦しめているのかしら」

ぽつりと、独り言のように、黒猫がそんな事を言った。
……本当に……こいつは優しい奴だ。
自分だって苦しいだろうに。自分だって、辛いだろうに。
……だって、間違いなく彼女は俺の事が好きだったのだから。
そして、……今もそうであって欲しい――そう思ってしまう自分は、きっと最低なのだろう。

「………そんな事はないよ。心配掛けて、すまない」
「あらそう?なら、せいぜい苦しむがいいわ。変態シスコン男」
「………」

……持ち上げて落とすとは、腕を上げたじゃねぇか。
それとも照れ隠しなの?照れ隠しだよね。俺、おまえが優しいの知ってるもん。

「……というのは冗談として」
「冗談なの!?俺すげー傷つきましたよ!?」
「はいはい」

肩を竦め、「ふっ」と笑う黒猫は、

「まぁ、せいぜい頑張りなさい。他ならぬ貴方自身の事なのだから」

そう言って、別れ道を俺と別の方向へ、スタスタと歩いて行ってしまった。
背筋を伸ばして、真っ直ぐに歩くその姿は、少し寂しげで、恰好良いと思えて、

「頑張るよ。頑張るに、決まってんだろ……」

遠くなっていく背中に、そう誓った。


玄関の扉を開けると、リビングから出てきた妹と遭遇した。

「………………おかえり」

家に入ってきた俺と一瞬目が合ったが、桐乃は避ける様に目を逸らし、聞こえるか聞こえないかの不機嫌そうな声で、挨拶を寄越した。

「……ただいま」

釣られて不機嫌な挨拶を返してしまう。
そのまま俺達の間に、気が重くなるような沈黙が訪れた。

「チッ……なに、玄関に突っ立ってんのよ」

そう吐き捨てて、大きな足音を立てて階段を上って行った。

「……クソっ」

クソクソクソっ……!何なんだよ、あいつの態度は。
一人残された俺の胸に、ムカムカとした苛立ちが広がる。

黒猫に振られたあの日、デートの報告を求めてきた桐乃に、俺は彼女と別れた事を告げた。
勿論、詳しい事情は話さなかったが――その時思いっきり引っぱたかれて、それ以来、あいつの俺に対する態度はずっと『ああ』だ。

俺たち兄妹は、今や以前の冷戦状態に戻りつつある。

だが、俺は以前のように桐乃を無視することなど出来なかった。
これまで1年の事もあるし、何より黒猫の事がある。あいつは俺が自分の気持ちに決着をつけられるよう、俺を送り出してくれたのだ。
だから俺は、俺自身の気持ちがどうあれ、妹を無視してかかるわけにはいかない。
なのに、桐乃はかつてのように、俺の事をゴミを見るような目で見るばかりだ。
あいつが怒っているのは分かる。俺と黒猫が付き合い始めですぐ別れちまって、応援してくれてたあいつからすれば、そりゃ面白くないだろうさ。親友を傷つけた俺に腹を立てるのも道理だろう。
頭でそんな事は分かっていても、妹からあの目で見られる度に、俺はどうしようもない苛立ちを覚えて、なのに以前のように「知った事か」と割りきれない自分の感情を持て余し、どうしようもない苛立ちを、受験勉強にぶつける日々を過ごしていた。
……はぁ。やっぱ、俺があいつの事を――なんて、何かの間違いだろう。
そうに決まっている。そうじゃ無ければ、このムカムカした気持ちは、何だって言うんだ。
第一、もし仮に、万一『そう』だったとしてだ。
あいつは俺に彼女が出来ても何とも思わないくらい、俺の事なんかどうでもいいと思っていて、俺を見てあんなに不機嫌になるくらい、俺の事を――。
……しかも、俺と桐乃は、血のつながった実の兄妹じゃねぇか。
考えれば考えるほど、際限なく俺の苛立ちは募るばかりで、頭を振って思考を散らす。
とにかく一息つこうと、リビングに入って麦茶を飲むことにした。
冷蔵庫を開け、麦茶のパックを取り出し、ダン、と置いたグラスにドボドボと注ぐ。
ゴキュゴキュと喉を鳴らして飲み干すと、頭がキーンと冷えた。
夏が過ぎたとはいえ、まだまだ元気いっぱいの太陽の下を歩いてきたもんだから汗をかいていた。
こめかみを押さえ、頭痛に耐えていると、

「ちょっと京介、あんた帰ってきたのに挨拶も無いの?」
「あ?お袋、いたのか」
「いたのか、じゃないわよ。すごい不機嫌そうな顔で入って来たかと思えば、あたしの事無視して冷蔵庫に一直線だもの。……お母さんびっくりしたわよ」
「……すまん。気付かなかった」
「気付かなかったって、あんたねぇ…………」

お袋は額に手を当てて、「はぁ」と溜息を吐く。
ちなみに俺は本気で、母親がリビングに居る事に気付いていなかった。
傍から見れば麦茶>>>母親なのである。人でなしか俺は。

「桐乃も最近様子が変だし、あんたたち、どうしちゃったのよ」
「……桐乃が?あの野郎がどうかしたのかよ」
「ちょっと京介、妹とはいえ女の子なのよ。『野郎』は無いんじゃない?」
「チッ。へいへい」
「……あんた達、もしかしてまた喧嘩中?」
「そんなんじゃねーよ。それより、桐乃の様子が変ってのは?」
「ふぅん……まあいいわ」

お袋は困ったように頬に手を当てて、最近の妹の様子を語り出した。

「あの子、最近は帰って来ても、すぐに部屋に閉じこもっちゃって……。お母さんともあんまり喋ってくれないし……。ちょっと、元気ないのよね」
「……そう、なのか」
「そうよ。あんたもしかして、気付いてないの?」
「全然」

なんせ俺の前じゃ、ひたすら不機嫌なだけだしな。
元気ないどころか、力いっぱい睨みつけてくれやがるし。

「あんたねぇ、そんなだから折角出来た彼女にも振られちゃうのよ」
「ぐふっ……!」

普通、それを言うか……!?傷心の息子になんて仕打ちを……!!
ていうか、絶対あんたの方がデリカシー無いよね!?特に俺に対して!

「とにかく、ちょっと気にしてあげて」
「……わぁったよ」

ポリポリと頭を掻いて返事をすると、お袋は苦笑して「買い物行ってくるわ」と、リビングを出て行った。………やはりというか、どうやら俺の心配はしないらしい。
ソファに腰を下ろし、嘆息する。
桐乃が元気ない、ねぇ……。
それは、あの事件の後――俺と黒猫が付き合いだした頃、俺もなんとなく感じていた事だった。
てっきり俺は、黒猫と遊ぶ機会がまた減っちまったもんだから――とばかり思っていたんだが。
俺と黒猫が別れてから、もう1週間近く経つ。
だから、桐乃が寂しがる理由は消えた――筈なのに。
……………………………チッ。
桐乃は腹の立つ妹だが、俺は妹を大事にするシスコンで、あいつの兄貴だから、しょうがない。
しょうがないんだよ。いつか赤城の野郎が言ってたように、あいつの機嫌とるのが俺の仕事だ。
だから、気は乗らないが、俺はあいつと話をしてみることにした。
コンコンと桐乃の部屋の扉をノックする。
ごそごそと音が鳴り、暫く待つと、こちらに近寄る足音が聞こえる。
桐乃は半分だけ扉を開き、

「何。何の用」
「話があるんだ。部屋に入れて欲しい」
「………」

遠い目をした妹は、少しの思案の後、

「分かった。入って」

無感情にそう告げ、ドアノブから手を離して部屋の奥へと戻って行った。
俺も続いて部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。
最近は桐乃に避けられてるもんだから、こいつの部屋に入るのはちょっと久しぶりだ。
妹の部屋は、相変わらずのピンク調で、女の子らしいと言えば、まぁその通りだろう。
違った点と言えば、ベッドの上に本棚の中身がぶちまけられていて、コレクションの押し入れが開いるくらいだろうか。
ぽす、と音を立て、部屋の中央にクッションが2つ投げられる。
桐乃はその片方に座り、俺を促す。

「座んなさいよ」
「おう。……珍しいな」
「は?何が」
「………なんでもねーよ」

桐乃の言動のひとつひとつが、厭に胸に刺さる。

「チッ。……で、話って?」
「……お前が最近元気無いって、お袋が心配してんぞ。何かあったのか」

俺が聞くと、桐乃の表情が強張る。一応自覚はあるらしいな。だが、

「……そんなこと、ない。あたしは……いつも通りだから」

桐乃は視線を彷徨わせ、不安そうに、そう呟く。

「ウソつけ。お前、明らかに変だぞ。俺でよかったら聞いてやるから、話してみろ」
「……何よそれ。またいつもの兄貴面?」
「そんなんじゃ……いや、そうだよ。俺はお前の兄貴だからな。お前が困ってんなら、ちっとくれーは役に立ってやりたいって思うんだよ」
「……あ、そ………」

そこで会話が途切れ、沈黙が訪れる。

「「………………」」

痛々しいほどの静寂の中、秒針の音が、俺の苛立ちをだんだんと強くしていく。
それに耐えかねて、

「なあ。もしかして、今からゲームするところだったのか?」
「別に。最近はあたし、あーいうのはやってないし」

マジか。お前がエロゲーやらないなんて……ひょっとして、最近元気が無いのって、それが原因じゃねーの?アメリカの時みたいに、エロゲープレイすれば復活するんじゃないか?
半分冗談でそう考えて、

「なぁ桐乃。久しぶりにさ、一緒に――」
「やらない」

折角誘ってやろうとしたのに、言い終わる前に拒否されてしまった。
確かに今のは冗談半分で、そんな空気じゃないのは分かっていたが、それでも、大好きな趣味の事なのに、まるで食いついてこない桐乃がますます心配になる。

「桐乃。お前、やっぱり変だぞ。どうしたっていうんだよ?」
「うっさいなぁ……さっきから何なワケ?」
「何って、俺はただ、お前の事心配して……」
「……あたしの事なんかほっとけって言ってんのよ!何よ!アンタも黒いのも、あたしにどうしろっつーのよ!」

しまったとばかりに目を見開き、悔しそうに下唇を噛んだ桐乃が床を叩く。

「黒猫と何かあったのか」
「………あんたには関係ない」
「関係なくねえよ。お前ら二人の間に何かあったら、関係無いなんて顔は出来ない」
「はっ。……じゃあ答えて欲しいんだケド。あんた、なんであいつと別れたのよ」
「……何だよそれ。今その話が、何か関係あんのかよ?」
「っ……!あんたって、ホント……!…………いいから、答えなさいよ!」
「………お前には、関係ねえよ」

黒猫と別れた理由をこいつに話せるわけもなく、俺は妹の顔を見ることも出来ずに、そう答えるだけで精いっぱいだった。

「関係ある!!」

驚いて視線を戻すと、立ち上がった桐乃が、握りしめた両手を震わせて俺を見下ろしていた。
瞳から零れた涙が頬を伝い、ぱたぱたと床に落ちる。
その顔には「絶対に泣かない」という強い意志が見てとれるのに、頬を伝う涙は止まらず、

「あたしに関係無いわけない……そんなわけない……そんなわけ……ないでしょ………」

内からこみ上げる感情に負けてしまったのか、だんだんと声が弱弱しくなり、桐乃は泣き顔を両手で隠してしまう。

「……ぅっ……もう、やだ……。……ぅっ……どうしろってのよぉ……」

泣いてしまった妹に驚いて、困惑して――そして、それ以上の『何か』が俺の体を突き動かす。
それに従って立ち上がり、桐乃に手を伸ばすと、

「――っ、さわんな!!!」

家中に響くような叫び声をあげた桐乃に、強く手を払われてしまった。
払われた手は痛みを感じず、ただ体だけが、殴られた衝撃で後ろに流れていく。
キッと強く俺を睨む妹から、かつてない拒絶の意思を感じ取り、体が竦む。そして――


「あんたなんかっ、あんたなんか――大っ嫌い!!!」


――俺はもしかして、気を失っていたんじゃないだろうか。
自分でそうと分かるくらい顔面蒼白で、少しの間、呼吸なんか忘れてしまっていた。
目の奥が熱い。喉がカラカラで、指の先がチリチリした。
胸のムカムカもこれまでに無いほど強くなって――俺がそんな風だからだろうか、叫んだ桐乃の方も、青ざめしまっていた。
俺のせいでそんな顔をされるのが嫌で、何とか喉を絞る。

「……悪かったな……」
「あ、あたし……?」
「っ!」

桐乃の部屋を出て、自室に飛び込み、後ろ手に扉を閉める。
そのまま扉に背を預け――ずるずると倒れこんだ。

「――はっ、ハハ……」

ついに俺は、妹から逃げ出してしまった。これまで何度も、あいつのために、誰かに立ち向かってきたというのに。
見慣れた部屋の風景が酷く滲む。その現象を止める気にもなれない。
散々キモいだのウザいだの言われてきたのに――意外にも、聞いた事の無い台詞だった。
――いや、あいつの気持ちなんて知ってたさ。これまでずっとそうだった。当たり前の事だった。
なのにその言葉が耳から離れなくて、自嘲の笑みが浮かぶ。

そして――自分の気持ちが、恐ろしいほどに、深く静かに体に染み込んでいった。
俺がこの間からずっと桐乃にむかついてた理由。正体不明の怒りがなんだったのか。

「なぁ、黒猫……やっぱお前、すげぇよ……」

そう呟いた時、隣の部屋から嗚咽が聞こえきた。
反射的に、立ち上がろうと手に力を込めて――桐乃に叩かれた手が、まだ痛むことに気付く。

『あんたなんか――大っ嫌い』

その言葉が再び頭を過る。
妹が泣いているのに、俺は一歩も動く事が出来なかった。
それからの数日は、酷いものだった。
俺と桐乃は、目を合わせる事すら無い。もちろん口なんか聞いちゃいない。
拒絶されてしまって、なのに許されない自分の気持ちを自覚してしまった俺は、あいつと顔を合わせるのも怖くて、部屋に籠っては捗るはずのない勉強に没頭しようと努力する。
桐乃の方も俺と顔を会わせたくないのだろう。あの日から、リビングで寛ぐ妹の姿を見かける事も無くなってしまった。
今や俺の平穏な日々は崩壊してしまった。生意気な妹との騒がしい日々も、もうどこにもない。
両親は俺達を心配そうに見つめていた。親父には呼び出されもしたが、どうすることも出来ず、俺は平静を装って「大丈夫だ」と繰り返すしかない。
眠れない日々が続き、麻奈実には毎日のように心配をかけちまう。
黒猫も俺を心配してくれた。なのに、時々彼女が自分を責めるような顔をして――俺はそれが、たまらなく辛かった。
赤城兄妹や部長、真壁君や他のゲー研のみんなにも会う度に心配をかけてしまい、俺はなんとも情けない状況だった。
そしてそれは、妹も同じだったらしい。