いよいよ總持寺祖院へ 【曹洞宗 大本山 總持寺祖院&永平寺】 拝登旅 2日目

 

翌日、早起きしておにぎり屋さんで朝ごはん🍙

足軽おにぎり店の外観

 

 Gemini先生に教えてもらった店

おにぎりメニュー看板テイクアウト営業

 

 

朝から贅沢定食、ASHIGARU ONIGIRI

 

夜は焼肉屋さんなんですね!

能登牛証明書と焼肉ハウス大将軍の看板

 

なるほど店内は焼肉のニオイがします。

2ヶ月前から朝におにぎり屋さんも始めたそうです🍙

カウンター席のある飲食店

 

 着席。

おにぎりメニューと食卓のセット

 

 メニュー

【足軽おにぎり定食¥1,800】

【大名おにぎり定食¥2,200】

【殿様おにぎり定食¥3,200】

おにぎりメニューと価格表
 

塩むすび1個が必ずついていて、更に好きな具材を2種類選びます。具材によって値段が変わります。

和風前菜盛り合わせ:うなぎ、いくら、チャンジャなど

 

食べたい具材が品切れという事で、2人とも【足軽おにぎり定食¥1,800】に。

 

紙にチェック

おにぎり定食メニューと焼肉メニュー

 

塩むすびとあら汁、ご飯を羽釜で炊いているだけあって、一粒一粒ふっくらしっかり立ってます。

おにぎりと味噌汁の朝食

 

奥に見えている羽釜で炊いて、アイリスオーヤマの電気圧力鍋で保温させているそうです。

おにぎりメニューと囲炉裏がある店内

 

ダンナ

煮切り漬け卵黄と

おにぎり定食の塩むすびと具材

 

富山県民のソウルフードとろろ昆布

とろろ昆布と塩むすび

 

嫁 

えごまの葉の醤油漬け

おにぎり定食の塩むすび

 

寿司屋のさけブレーク

おにぎり定食、海苔で巻いた塩むすび
 
福岡県八女市の抹茶
抹茶ドリンクと茶菓子

 

 

總持寺祖院へ。

2時間ドライブ。

 

 

晴れて気持ちいい✨能登半島は曇りが多いそうなので、ラッキー✌️

晴れた日、緑の木々に囲まれた一本道をドライブ

 

日本海の風景。

日本海の奇岩と青い空

 

到着!

大本山總持寺祖院の門と石碑

 

【大本山 總持寺祖院】

義理兄は大学卒業後、ここで修行しました。

大本山總持寺祖院の石碑

 

展示パネルの画像をGemini先生に読み込ませて、總持寺祖院の歴史をまとめさせました。

 

🌙 はじまりは、二人の「夢のお告げ」から

總持寺の歴史は、今から約700年前、瑩山紹瑾(けいざんじょうきん)というお坊さんによって開かれました。なんと、そのきっかけは不思議な「夢のお告げ」だったそうです!

もともとこの地にあったお寺の住職さんが、夢の中で観音様から「瑩山という優れた禅僧がいるので、この寺を彼に譲るとよい」とお告げを受けました。そして驚くことに、その数日後、今度は瑩山自身も「禅寺を開くために寺をひとつ与えよう」というお告げを夢で聞いたのです。

この二人の不思議な「夢」がきっかけで運命的な出会いを果たし、お寺が瑩山に譲られて、厳しい修行の場「總持寺」が誕生したと伝えられています。まるでドラマみたいな始まりですよね!

 

🏃‍♂️ 毎日52キロを往復!?「峨山道の伝説」

瑩山禅師の後を継いだ峨山韶碩(がさんじょうせき)という方の伝説が本当にすごくて……! なんと、總持寺と別の拠点(永光寺)の間、約13里(約52キロ!)の険しい山道を、毎日のようにお勤めのために往復していたと伝えられています。この行動力と厳しい修行のおかげで優れたお弟子さんたちが育ち、大きく発展していく原動力になりました。

 

🚢 まるで大名行列!大繁栄の時代

その後、總持寺は全国の末寺から優秀なお坊さんが交代で住職を務める「輪住制(りんじゅうせい)」という画期的なシステムを取り入れます。 江戸時代には加賀藩・前田家からの手厚い援助もあり、お寺は隆盛を極めました。新任の住職が船で能登にやってくる際の行列は総勢100名ほどにもなり、まるで「大名行列」のような華やかさだったそうです! こうして、全国に1万6千ヶ寺余りをもつ巨大なネットワークが築かれました。

 

🔥 大火災と横浜への移転、そして「祖院」へ

しかし、明治31年(1898年)の夜、まさかの大火災が発生し、境内の建物の大部分が焼け落ちてしまいます……。これをきっかけに、大本山は神奈川県の「横浜市鶴見」へと移転することになりました。

それでも、能登の人々は總持寺を深く愛し続けました。全国からの寄付や地元の人々の努力によって能登の地にお堂が見事に再建され、歴史のルーツを伝える「祖院(別院)」としてよみがえりました。地元の方からは今でも親しみを込めて「ほんざん」と呼ばれ続けています🌸

 

⚠️ 現代に訪れた試練。二度の巨大地震

長い歴史の中で幾多の困難を乗り越えてきた總持寺祖院ですが、近年、2007年と2024年の二度にわたる「能登半島地震」で甚大な被害を受けてしまいました。

特に2024年元日の地震では、境内の建物30棟以上が損傷。美しい回廊「禅悦廊(ぜんえつろう)」が崩落し、前田利家の妻を祀る「芳春院」は全壊するなど、被害は甚大でした。 そんな絶望的な状況でも、お寺の僧侶の方々は自らも被災しながら避難所で炊き出しを行い、地域の人々を励まし続けたそうです😢

 

✨ 復興への希望「国の重要文化財」指定

途方に暮れるような状況の中、2024年末に嬉しいニュースが飛び込みました! なんと、總持寺祖院の主要な16棟の建造物が「国の重要文化財」に指定されたのです。これにより本格的な復旧への道筋が立ち、地域にとっての大きな希望の光となりました。

現在はお寺の拝観も再開されています。シートで覆われた修復中の姿を見ることで、復興に向かう力強い歩みを肌で感じることができます。

 

おわりに

いかがでしたか? 夢のお告げから始まり、大繁栄からの大火災、そして度重なる震災からの復興へ……。能登の厳しい自然の中で育まれた總持寺祖院の歴史は、人々の祈りと力強さに満ちていました😌

 

教えは海を越えて、今や世界各国の「ZEN」として広がっているそうです🌍✨

 

能登を訪れる機会があれば、ぜひこの壮大な歴史の息吹を感じに、總持寺祖院へ足を運んでみてくださいね!

 

以上、Gemini先生まとめでした。

 

 

ここで拝観料お支払い。現金のみです。

總持寺祖院 入口 拝観料看板

 

被災の爪痕

總持寺祖院、足場と参道

 

 

青空と田園風景、総持寺祖院への道

 

 

總持寺祖院の修復中の水盤

 

 

總持寺祖院へ向かう遊歩道

 

 

總持寺祖院の石碑と建物

 

 

總持寺祖院の伝統的建築物

 

 

總持寺祖院の建物と庭園

 

 

總持寺祖院の門と赤い橋

 

 

總持寺祖院の風景と日本海の景色

 

 

總持寺祖院の案内板と景観

 

 

總持寺祖院への道、歴史的建造物

 

 

總持寺祖院の建物と庭園

 

 

總持寺祖院の「禅」の書と地震被害状況パネル

 

 

總持寺祖院の境内マップと復興工事情報

 

 

總持寺祖院の梵鐘

 

 

總持寺祖院の庭園と建物

 

このおみくじかわいい音譜

總持寺祖院の木に吊るされたおみくじ

 

 

總持寺祖院の仏像配置図

 

 

總持寺祖院の仏像と供物

 

 

總持寺祖院の仏間と装飾

總持寺祖院の仏間と掛け軸

 

天蓋。

總持寺祖院の豪華な天蓋と内装

 

もともとは、インドの焼け付くような太陽から生身のお釈迦様を守るための「日傘」だったそうです。

仏教が中国や日本へと伝わり、それがどんどん金ピカの木製や金属製の「天蓋」へと進化して今のこの状態になったんだそうです。

 

總持寺祖院の本堂内部の祭壇

 

 

總持寺祖院の木彫り彫刻と木造建築

 

 

總持寺祖院の木彫り装飾と格子天井

 

 

總持寺祖院の精緻な木彫り装飾

 

 

總持寺祖院の彫刻と木造建築

 

 

総持寺祖院の木彫刻と格子天井

 

 

總持寺祖院の木彫り彫刻と屋根

 

 

 

總持寺祖院の書画と観光客

 

 

法堂(大祖堂)の案内板、御開山など

 

 

總持寺祖院の被災した石碑

 

 

總持寺祖院僧堂の修理工事看板

 

 

總持寺祖院 句碑 180度回転

 

 

總持寺祖院の紅葉と風景

 

總持寺祖院近くの資料館みたいなところ。

總持寺祖院の石像

 

このパネルに永平寺と總持寺祖院の歴史上の関係が示されています。

總持寺祖院の歴史と二つの大本山

 

 

總持寺の歴史と夢のお告げ

 

 

總持寺祖院の焼けた位牌 

 

 

この資料とダンナの説明のお陰で總持寺祖院と永平寺についてよくわかりましたニコニコ

 

ダンナ、thank youウインク

 

10/11のスムージー



キャベツ、小松菜、セロリ、人参、生姜、黄パプリカ、蒸し大豆、レモン、シャインマスカット、豆乳、アーモンドミルクとオーツミルクミックス、塩麹ちょびっと。


以上。


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では、またキラキラクマキラキラ