怒りで震えた
今日、思ったことをどうしても書いておきたい。
最近、裁判傍聴が流行ってるらしいね。
確かに、傍聴は被告人の生き様が透けて見えるから、すげー面白い。
でも、だいたい社会の耳目を集めてる事件になると、各マスコミがバイトを雇って抽選に並ばせて傍聴券を確保させるんだって。
まあ、マスコミには国民に対して事件の顛末を報道する義務があるから、ある意味必要なことなんだろう。だけど、そこまでする以上、きちんと公判の推移、公判での当事者間の攻防や裁判所の動向を国民に知らせる義務も生じる。
そこらへんをきちんと報道しているメディアって驚くほど少ない。ってゆーか、ない。
記者は、被告人の法廷での様子に気を取られるばかりで、審理の内容なんて聞いちゃいない。
被告人が法廷で暴れたり、奇声を発したりすると、ドタドタと外に出て行く。 法廷の空気も何も考えずに。
早く記事に反映させるために報告に行ってるんだろう。
だけど、本当に報道しなくちゃいけない事って、そこなのか?
まあそれもあるけど、他にもあんだろ。 もちろん記者個人の問題というよりは、会社の体質とかマスコミ全体の構造の問題なんだろうけどね。
それだけならまだいい。
法廷には、被害者の遺族、被告人の親族等、事件の当事者に等しい人々がたくさんいる。
そこらへんを考えられないクズみたいな奴がいるのだ。
平気な顔して携帯鳴らして外に出て行く奴。
それも、被害者遺族の前を、何の遠慮もなしに通り過ぎて。
検察官の冒頭陳述や要旨の告知を聞いて泣きはらす被害者遺族を好奇心たっぷりの顔で覗き込む奴。
あの顔は忘れられねえ。 時代劇でよく出てくる、打ち首になる下手人の最期を見物にくる野次馬の下品な顔を思い出した。
こいつらは、人間なんだろうか。
こんな奴らが書いた新聞を読み、こんな奴らが作ったテレビを見ているのかと思うと、寒気がする。
(もちろん、筋の通った記者さんもいるよ。そっちの方が多数派だと思います。)
事件をいつも近くで見て、裁判に近くで触れてる人たちがこんな感覚で仕事してるのか。
こいつらが「被害者を刑事手続に参加させろ」とかいう記事を書いてるわけでしょ?
こいつらが「裁判官は常識を知らない」とか、「職業裁判官の判決は非常識だから裁判員制度を導入しろ」とかいう記事を書いてるわけでしょ?
なめるなと言いたい。
こんな腐った奴らが書いた記事でしか裁判というものに触れていない国民が参加する裁判員制度の方がよっぽど危ないんじゃないかと、思ってしまう。
裁判員制度については、近々また書きたいと思います。
久しぶりです
最近、とある大作を執筆していたせいで全くブログに手をつけていなかった。
最近は、ハルシュウの準備だとか、61期への入所パーティの引継ぎだとか、雑務に追われて忙しくしてます。
そんななか、先週末、意味もなく東京に戻ってみました。金曜日、恵比寿「中村玄」でコラーゲン鍋を食い、土曜日、目黒「九重」で家族とふぐを食い、日曜日、新幹線の終電が出発する10分前まで品川「OYSTER」でオイスターを食い、さんざんうまいもんを食って満喫したよ。
おかげで、ようやく妙な鬱スパイラルから脱却した感があります。
鬱スパイラルの原因は分かってたんだけどね。
P庁に正式にお断りに行ったときのこと。
俺がP庁に行ったら、事務官さんや色んな人たちが俺の進路を心配してくれていて、検事室に来てくれていた。
検事から「Pをやめるなんて、何があったんだ?」と聞かれたとき、皆さんの前で志望をやめた理由を言わなければいけなくなった。
「P庁の組織でやっていくことに不安がある」ということを、正直に話した。P庁の組織で体を張って頑張っている人たちの目の前で、平たく言えば「P庁が嫌になった」という趣旨のことを言わなければならないことが、メチャクチャつらかった。涙が出るほど辛かったし、悔しかったし、自分が情けなかった。俺は、本当に失礼なことを言っているな、と思うのと同時に、「ああ、この人達には一生勝てねえな」という、敗北感みたいな気持ちが残った。色んな事があるんだけど、それらを全部振り払ってPの世界に飛び込んでいけなかった自分はやっぱり弱い人間だなあ、と思うところはある。
それなのに、P庁の人たちは、「ぺさんならいいPになると思ってたんですけどね」「いいBになってください」「志望に関係なくまた顔出してください。飲みましょう」等と言ってくれた。恐縮しまくる俺に、ホントに心からの優しい言葉をかけてくれた。それはそれは、優しさとか、心遣いなんていうより、愛に近いものを感じたよ。事ここに至って初めて俺は、自分に対する期待のデカさというか、こんなにも自分をかわいがってくれてたのか、ってことに気づいた気がした。
ここを去らなくてはいけない自分の不甲斐なさだけが、心に残った。家に帰ってから、ちょっと泣けた。
自分の決断を後悔してはいないし、未練はないんだけど、それでもこの日のことは一生心に残るだろうな、って思う。
もうひとつ、鬱になってた原因は、目的を見失ってしまったこともある。
実務に入ってこっちに来てからは、Pになるという目的で修習をこなしてきたし、だからこそ頑張れてた部分がデカかった。刑裁でも事件を見るとき「俺が担当Pならどうするか」「この起訴状を書いたPはどういう意図なのか」とかいう視点で見てきた。
それが突然、Pにならない、Bになる、っていう決断をしたことで、心にぽっかり穴が空いてしまっていたのかも。
まあ、でもBでもPでも法律家になることに変わりはねえんだから、やることは同じかな、っていう気がしてきて、ようやく気持ちも落ち着いてきたよ。
いいBになることが、かわいがってくれたP庁の人たちへの恩返しにはなるかなって気がしてます。
東国原
こないだまでただのロリコンのおっさんだったのに。マスコミってこわいです。
・あるあるが打ち切りですね。マスコミまじこわいです。でも、「あるあるありえない」って言ってる人もたいていは裏で「華麗なる一族」見てたんでしょ?
裏っていうか、表か。
・最近暗いのでテレビをよく見るようになった気がします。
京都徘徊
京都駅から京都の中心である四条河原町あたりに出るのに直接行ける電車がないんです。。。
京阪や阪急などの私鉄とJRの接続も最悪です。
駅と駅があまりに遠 いので、京都にいると乗り換えっていう発想があまり浮かびません。。
しかもバスもどこをどう通ってるかわかんない上に、バス停の場所も謎です。
休日ならいざしらず、平日にフラフラいくようなとこじゃないですね。
それでもホームシック中の俺は、少しでもアーバンを求めて仕事帰りに四条を徘徊してきました。
この病気、かなり重度のようです。
食。
今日は、食いまくったーーー。
お昼は京都四条の「和漢同菜菜根譚」ていうお店に行ってきました。
築100年の町家らしくて、すげー独特の雰囲気。こういう雰囲気の店は東京にはないです。
牛筋辛味鍋麺を注文したら、唐辛子で真っ赤、っていうより真っ黒のスープに唐辛子が浮きまくってる。。。。。
残すと何か自分に負けるような気がしたんで、完食しました。
ただ、辛さをごまかすためにご飯を3杯食ってしまいました。。。
夜は932に帰ってきて、まだ18時くらいだったのに、ホルモン食いに行ってしまいました。
昼の食いすぎでまだ腹減ってねえなあ、とか思ってたのに、なぜか、不思議なもんで、食ってるうちに腹がどんどん減ってきて、どんどん食ってしまいました☆
気づいたら、3人で25皿くらい食っていました。
だいぶストレスが解消された感があります。
俺の最近
とりあえず、新ブログを立ち上げてはみたものの、全く書くことが思いつかなくて、全く筆が進みません・・・。
たぶんプライベートな事項を封じられたからだと思います・・・。
なので、とりあえず近況を報告しようと思います。
最近、何をしているかっていうと、色々あって、基本的にオチています。
もう2週間くらい前の出来事なのに、たぶんまだ引きずっているんでしょう。。。
珍しく内向的な人間になっています。
先週の土曜は、こっちに住み始めてから初めて、どこにも出かけない週末になりました。(まあ、日曜は出かけたんだけど)
昼過ぎに起きて、カップ焼きそばだけ食って、あとは映画を3本見ました。
それだけで一日が終わりました。
すげえ一日がもったいなく感じました。
「華麗なる一族」が始まっちゃったから、今後はますます日曜夜出歩かなくなりそうだ。。。
拓哉のVゾーンをチェックしなきゃいけないからねー。
平日も、わりと大人しくしてます。 自炊してます。
こっちに来たときはご飯すら炊けなかったのに、そんな俺が野菜を茹でれるようになりました。
そして、気づいたら夜中になっているので、そのまま寝ます。
こっちの生活に、ちょっと飽きてきたのかも。
まじ東京が懐かしいです。。
あと、あんま外食しないのは、こっちはうまい店がねえっていうのもある。
それなりに土地のものとか、うまいものもないではないんだけど、あんま雰囲気がよくなかったり。
個室だけど蛍光灯、みたいな・・・。
デートする気も失せます。
なので、東京の食べログとか、ZOOM Mとかで東京のグルメサイトをチェキって懐かしんでます。
よく考えたら、こんな俺が一生転勤生活なんて、無理だったのかも。
まだ半年なのに、月1か月2で東京帰ってるしね。。。。
とにもかくにも、こっちでの新たな楽しみ方を編み出さないと!!!
退屈してるので、みなさん遊びに来てくださいねー。
特に、O2に配属が決まった後輩の皆さん!!
ネット社会への復帰
みなさん、ご無沙汰しています。
オレブザがリニューアルして帰ってきました。
過去記事については、問題点を除去次第、順次アップさせていくつもりですので、よろしくー。
ここのところ、色々なことがありすぎて、世の中に翻弄されてました。
でも、もう大丈夫なので、ご心配なく!
ちょっと今までとはテイストはちがくなると思うけど、これからのオレブザも、よろしくお願いしマース。
奈良2
今日、奈良の山奥のじっちゃんのところに行ってきました。
じっちゃんは「俺わかる?」と問いかけると、「ベトナムの人やな?」と、意味不明のことを言っていました。。。
たぶん、クアラルンプールに転勤している従兄弟と間違えたんでしょう。
そもそも、クアラルンプールはマレーシアです。
奈良を出て、いったん妹と一緒に932の家に立ち寄りました。
東京滞在が長く、ワードローブ的なものとグルーミング的なものが不足したためです。
ついでに燃えるゴミを出してきました。
途中、京都駅のトイレで裁判所の部長にバッタリ会いました。
一緒にいた妹を、カノジョと間違えられていないことを願うばかりです。
そのまま932にいればよいものを、東京大好きな俺は、舞い戻ってきちゃいました。
8日まで東京近辺にいまーす。
奈良
今日、親戚の挨拶とじっちゃんのお見舞いで奈良に来ています。
品川駅のエキナカのスタバに片山さつきがいました。
見る前は高慢ちきな性悪女だと思っていましたが、生さつきは疲れ切った表情で佇んでいて、弱さを見せて女らしい表情でいました。
今後はさつきちゃんを、女として見てやることにしました。
奈良に着いて早々、メスシカに襲われそうになりました。
日頃の復讐かも知れません。
可愛い顔して小生意気です。
温泉宿に着いて独りで風呂に入っていたら、独りで入ってきたクソガキにおちょくられました。
よほど珍しい形をしていたのか、結構力任せにちん○を握られました。
トガってた頃の自分なら、そこは血の海だったことでしょう。
一週間ぶりの関西は、俺に辛くあたります。
FUTURE STARTS NOW 2007
2007年もあと365日を残すのみとなりました。
皆さん、いかがお過ごしですか?
年始め早々、久美さんとりっぽんさんの強い要望により、ブログのタイトルを【オレブザ】にしてみました☆巷では今後、そういう愛称で親しんでください☆ 意外と気に入ってます。
去年はホントに色んなことがありました。みんなが大晦日にmixi日記で「今年を振り返る」的なことをやっていたから俺も真似してやろうと思ったんだけど、O2の家に去年の予定表を置いてきてしまったので、一年を思い出しきれません……。戻ったらやってやろうと思います☆
とりあえず昨日を思い出してみます。
30日、恵比寿ではるちゃん・なお☆ちゃん・smz君・マルシンさん・マルジュンと飲んで解散した後、別件に顔を出してしまった都合上、そのあおりを受けて31日は15時すぎまで寝ていました。19時すぎ、久美さんが目黒まで来てくれたので謎のステーキハウスでコレステロール定食を食べていました。あくびが出始めた頃、仕事帰りのりなちゃんが合流して残飯を処理してくれました。ミドメの打ち合わせになるかと思いきや、超わけわかんない話になりました。ほとんど女子校の更衣室みたいな会話でした。知らんけど。二人が「処女」とか「血」とかを連発しているので、俺はドンビキしながらも店員の女性の機嫌にまで気を配っていました。案の定、ラストオーダーを口実に体よく追い出されたのでダイナマイト見ようってことで隣のロンパブに移動しました。そしたら映像だけK-1で、音は謎のシンガーソングライターの生音演奏でした。久美が音消えた瞬間に「全然ブラボーじゃないんですけど。まじやめてほしー」とか言うもんだから、俺は横でゴキゲンの外人にぶっとばされないか超不安でした。曙と金子賢はまじギャグでしたね。K-1も終わっちゃったので、生ゴミくさいりなCHAN邸に移動して、「笑ってはいけない警察24時」を見ました。途中参加がたたってあんま笑えず、消化不良でした。0時ピッタリだけは変なジャニ系の番組にチャンネルを合わせて、ワールドカップイヤーにちなんで、ドイツワインで乾杯しました。その後は、「すべらない話」のビデオと、やりすぎこーじーを見て大橋美歩ちゃんに萌えていたら、いつの間にか寝てました(-_-)zzz
(嗚呼、なんでみほちゃんは入籍なんてしてしまったんでしょう。早まりすぎです。俺と出逢っていないのに)
まじ下らないけど、地味に超楽しい大晦日でした。
さて、冗談はさておき、本題にうつろう。
今年の抱負(生活編)は、
大人しくない、大人になる。
そろそろ色んな意味で、オトナになりてえと思います。だけど、つまんねえオトナにはなりたくねえとも思います。
例えば、飲み会でも、すげえ騒ぐんだけど、周りにも気を遣ってあげられる。 マナーとかモラルとかをちゃんと保ったままで、ギャグセンも高水準をキープ、みたいな。
まあ、芸人の端くれである以上、当然といえば当然なのですが、年末の一連の流れを考えると、早速胸が痛みます。
こんな俺のわがままな目標にぴったりの言葉を、自分に贈りたいと思います。
今日、馬場からの帰りの山手線の中でひらめきました。
そして、今年の抱負(仕事編)は、
FUTURE STARTS NOW.
あの頃、必死こいてたあの頃、どうしようもなかったあの頃、思い描いてた「future」はまさに今、始まるわけだ。
そして、その「今」は、毎日毎日、一秒一秒更新されていくわけだ。生きてる一瞬一瞬は、一瞬にして未来でなくなる。だからこそ人間は変わり続けなきゃいけないし、一秒一秒を大切に大切に、生きていかないといけないのだと思います。
修習が終わり、本当に仕事が始まっても、自分を見失わず、目標に向かって一瞬一瞬を懸命に生きていたいと思います。
皆さんの2007年が素晴らしい一年でありますように。
One Love.
Peace.
ぺ