【オレブザ】無様な俺様から、貴様へ…。 -2ページ目

3/4終わり。

人は、自分の立ち位置に悩み苦しむ。特に、環境が変わると、その環境で自分に求められていること、あるいは求められていないことが分からず戸惑い、右往左往する。

例えば、裁判所における修習生の立場。
足りない頭でガンガン起案しまくり、提出しまくり、仕事を増やし、ただでさえ忙しい裁判官の仕事を増やし、挙げ句の果てに用もないのに残業しまくり、早く帰りたい裁判官に要らぬ気を遣わせる。これは空気読めてねえだろ、と思う。

かと言って、二日酔いのきついオイニーを部屋中に放ち、午前中から居眠りしまくり、ヤル気のなさを裁判官にまで空気感染させ、夕方になると今度は仕事の溜まってる裁判官を飲みに誘いまくる。これはこれでナシだろう。

半年間に及ぶ裁判修習のうちに、俺は絶妙な立ち位置を手に入れたと、こう自負している。
つまり、「こんなんでホントすいません」というくらいのテンションで仕上げた起案を絶妙なタイミングを見計らって提出する。裁判官が疲れていて、それでいてそれほど忙しくなさそうな時は、ここぞとばかりに雑談に持ち込む。居眠りは、裁判官が全員合議の公判や評議会で出払うまで我慢する。書記官が裁判官に怒られている時は、急に思い出したようにトイレ→煙草→売店のフルコースでできうる限り贅沢に時間を使う。裁判官に飲みに誘われた時は、絶対に断らない。

これこそ、修習生に求められている修習態度ではないかな、と最近悟った。


ただ、悟りの境地に達したと思ったら、裁判修習も、もう終わり。

長かったよな、早かったよな。

かなり退屈してつまんねえと思ったこともあったけど、終わるとなると寂しいもんだな。

行くまでは裁判官なんておとなしくてつまんねえヒツジ君とヒツジちゃんの集まりだろうと鷹をくくっていたけど、考えをソッコーで改めた。

俺の出会った裁判官はみなそれぞれに面白く、しかも人格者の集まりでした。

しかも、彼らの文章力は、ハンパない。自分の書く文章について、読み手に誤解を与える余地がないか、控訴しようとする側に付け入る隙を与えていないか、法律的な不備はないか、を検証する。そして、その結果うまれる文章はほんとすげえ。

書面を書く能力は法律家全員に必要とされる能力なので、俺も鍛錬を積もうと思います!

個人か、組織か。

俺が起案したある判決に、即日控訴があった。守秘義務の関係上、多くは語れないけど、かなり不満を持ってるっていうメッセージ性の強い形での控訴だった。
この判決、担当裁判官は俺と反対の意見だったんだけど、合議で俺が強硬に折れなかったから裁判官が譲歩してくれて、俺の起案をほぼ採用してくれた事件だった。それだけに、俺はその話を聞いてちょっとヘコんでいた。

すると、裁判官は言ってくれた。この判決は、二人で納得するまで議論して出した結論なんだ。何も控訴があったからと臆することはない。自信を持とうじゃないか。と。

修習生ごときの意見を取り入れてくれ、こんなことを言ってくれたことがすごく嬉しかった。

また、裁判官は、こうも言った。
実は、ちょっと経験を積めば、控訴されない判決を書くことなんて、簡単なんだよ。だけど、控訴されなければそれでいいとは、僕は思わない。両者から不満が出なければそれが正しい結論というわけではないんだ、民事じゃないんだから。我々の仕事は、第一審裁判所として、正しい認定をし、正しい量刑判断をすることだ、と。


裁判官の出世の重要なファクターとして、「控訴率」というのがあると言われている。つまり、控訴されない裁判官は、いい裁判官として上に行けると言われている。
これが本当だとしたら、正当な人事制度といえるのか、疑問だ。

そもそも、裁判官には独立性が保障されているはずであり、このことと人事評価という概念は真っ向から矛盾する。つまり、控訴されないように、検察官と弁護人のご機嫌伺いのような判決を書こうという精神作用が働いているなら、立派な裁判官の独立への抵触だろう。

だけど、裁判所だって大きな組織である以上、ポストというものが存在し、出世というものが存在する。
どこでバランスをとるのか、すごく難しい仕事だなーと思った。

純ちゃん

今日は刑裁修習の打ち上げでした。

てか、もう終わりかよ!!!はえーな( ̄▽ ̄)

飲みの席で、ある裁判官に、「小泉純一郎に似てる」って言われました( ̄▽ ̄)
一瞬、「なんだそれ」と思ったけど、ちょっぴり嬉しかったです(^_^;)

明日は、刑裁の総括をしよーと思います。

よしもと

今日はクラス会☆

12時集合。昼ですよ?
まずはお好み焼「きじ」でビールをガッツリ。昼ビールは何でこんなうまいんでしょ。2週連続でやってしまいました☆とにかく、ここのお好み焼はまじうまい!関西に到着したその日にハブさんに連れて行ってもらって以来、ここ以外で食う気がしねえもん。

ほろ酔いで今度はHEPの観覧車へ。高いところと曲がったことが大嫌いな俺は、一気に酔いが冷めました。観覧車を揺するフルケーさんにキレまくっていました。よく考えたら、デートとかでも観覧車使ったことはなかった。でも、今回ちょっぴり克服したんで今後は多用していこうかと思います☆

で、今度はうめだ香月でよしもとのライブ。今日のメインイベントです!
最初は微妙な奴もいるかなーと思てたら、全員バカウケでした。でも、バッファロー吾郎の木村はスベリ倒してて、それすらウケました。

やっぱ、大阪はモノが違うわー(*_*) 俺は自分がおもろくないことを自分のせいにしてたけど、違うわ。大阪に生まれてたら、こんなもんじゃなかったはずだわ。今ごろ紀香と結婚していたはずです( ̄▽ ̄)

大阪の笑いを勉強した後は、心斎橋に移動して「くいだおれ」へ。くいだおれの前で写真撮ることはあっても、中で飲むことってなかなかないでしょ?中はガラガラで、ほぼ貸し切りでした(^_^;)中に入るとき、くいだおれ人形の写真撮影に見向きもせずに中に入っていったもんだから、観光客に羨望の眼差しで見られました☆きっと彼らは、くいだおれが飲食店だってことも知らなかったんでしょう。

さんざっぱら飲んだ後は「神庫」でニンニクを入れまくりーのラーメン食いました。うちのクラスのメンツのキャラぐらい濃ゆいラーメンでした☆明日の裁判官室のオイニーはゴイスーなことになっていることでしょう( ̄▽ ̄)

いやー、大阪を堪能しました。ハルシュウから1週間しか経ってねえのに、クラス会って…。うちのクラスは最高のメンツが揃いました!

今日は春色Vゾーンを揃えに、大阪まで行ってきました。

もうこっちに来て半年以上経つけど、慣れない街での買い物はなかなかやりづらいっすね。道がよく分かんねえから機動力が落ちます。。
結局、シャツ1枚タイ2本買って退散しました。ライトグレーのスーツも欲しかったけど、最近金欠なのでやめにしました。
明日も、大阪行きます。



最近、髪をどうするか、悩んでいます(^-^;
なんとなくダラダラ伸ばしてたら、だいぶ伸びてしまいました。色々やってるうちに、ついにギャツビームービングラバーが全色揃ってしまいました( ̄▽ ̄)
が、イマイチ似合ってないカンジがしてしっくりきません。ハルシュウの時、こたも「ぺ様、髪伸びて精気が減った」と言ってたらしいし( ̄▽ ̄)
去年までみたいにほぼ坊主ってとこまで切ってしまおうかとも思い始めました。でもせっかく伸びたのを切っちゃうのも勿体無い気もするし。。
深刻な問題です。

4月に東京戻ったときに美容院行くまでには決めようと思います(>_<)

基調講演・貴重体験

今週末は久々に忙しい週末でした☆

金曜日、福岡からfbanとなお☆ちゃんが襲来。結局ほぼ一睡もしない状態でハルシュウに行くことに…

しかも打ち合わせに遅刻。一睡もしてないのに遅刻は、頭悪すぎでした…。
とりあえず、摂取できる限りのタウリンを補給し、本番に備えてました。

そして、基調講演本番。
入パの時よりさすがに緊張しました。だって相手が元最高裁判事ですから(^_^;)
でも、結局、終わってみれば上から見る限り居眠りしてそうな人もいなかったし、心配してた時間配分もキッカリ終われたからよかった!(てか、俺は立っていなかったら5分で寝れる状態でした☆)

とりあえず、分科会の間は死んだように寝てました。いや、寝たように死んでました

分科会終わった後は、引き続き誘導の仕事。
「ホテルはこちらです」という怪しげな看板を持って肥後橋駅前に佇む立ち姿は、我ながらカッコよかったことだろうと思います。

それからクラス会へ。と言っても半分以上が実行委員かスタッフですが(^_^;)
みんながねぎらってくれたので、調子に乗って飲みまくりました。

ホテルに戻ると、わらわらと友達が集まってきたので、また飲みました。懐かしいメンツで居心地がよかったので、気づいたらたれ蔵の横で寝ていました。

二日目は閉会式の司会だけ。終わって昼から打ち上げで、飛ばしすぎました。


今回のハルシュウで一番嬉しかったことは、基調講演が終わって控室に戻った時に、先生から「非常に話しやすかった。ありがとう」と、握手を求められたこと。こっちから握手を求めたかったのに。

とにかく、超楽しかったし、超貴重な体験でした。
あれだけの人格者とサシで対談できることは一生に一度あるかないかだろうな、と。経歴や地位や何やらももちろんすごい人だけど、それらの名誉が霞むほど、素晴らしい人格の持ち主でした。

でも、考えてみれば、それだけの人格の持ち主だからこそ、飾りとなる地位や名誉がついてくるんだろうな、と。地位や名誉が先にありきなんて、そんなわけはねえんだろうと、勉強しました。

とにかく、貴重な体験させてもらいました。
途中からスタッフになってこんなおいしい体験していいのかな、と思います。最初から最後まで、下準備を重ねてきて、おいしいポジションに俺を抜擢してくれたやすおちゃんやフルケーさん、くらーさんに感謝ですm(__)m

実行委員のみんなも、参加者の皆さんも、本当お疲れさまでした☆

病気しました

だいぶご無沙汰してました。

インフルエンザにもかかったことないのに、生まれて初めて、病気らしい病気にかかりました^_^;
先週から腹を壊し続けてて、いきなし熱が出たりとかもしてて、一日10回以上トイレに行ったりとかしてて、そんなんが一週間以上続くからさすがにこれはおかしいなあと思ったんで、病院に行ってきました。
一日でトイレットペーパー使い切ったりとかしてたら、さすがに危険を感じますよ。

腸炎らしいです。

れっきとした病気じゃねえかよ。。

「普通の人なら入院でしたよ」と言われました。

「思い当たる理由は?」と聞かれ、0.2秒後には思い当たりまくっていましたが、恥ずかしすぎて言えませんでした。

たぶん2日連続でホルモン食ったせいです、なんて。
そういえば、丸腸が半生だったような。。。

腸食って腸炎になっただなんて、シャレにもなりません。。。

犯罪被害者による被告人質問

最近、法務省が被害者に被告人質問や論告等をさせる制度の検討に入ったという報道があったね。


被害者不在の刑事裁判だという批判をうけてのことなんだけど、この制度についても、「どうなんだろうなー」と思います。

俺は反対です。


まず第一に、刑事手続は、あくまで被告人をさばくための手続であって、被害者を保護することを目的とするものではないということ。

被害者を保護すべきであるのは当然なんだけど、それは被害者への賠償制度の拡充や精神的なケアという形で国が行えばよいものであって、公判手続内で行おうとするのはちょっと違うんじゃないかな、と思う。

凶悪犯罪の被害にあった被害者が厳重処罰を求める気持ちというのは当然だし、凶悪犯罪を犯した被告人は当然厳重処罰されてしかるべきだ。 だけれど、それらを前提にした上で、被告人にも何か言い分があるなら聞こうじゃないか、っていうのが刑事手続なんだと思う。 そこに直接被害当事者である被害者が入っていって、まさに訴訟当事者として被告人に直接質問までぶつけるということになると、争点がぼやけることにもなるし、被告人としてもいいたいことが言えなくなるのではないか?

「あの時は被害者に迫られたから言いたいことが言えなかった」というような弁解の余地を残すことは、やはり裁判の正当性という意味からもよくないと思うのだ。

「人権保障」という言葉はあまり好きじゃないが、そういうことかもしれない。

公判廷を感情的な議論の場にすることは、好ましくないだろう。

やはり、訴追は、公益の代表者として検察官がしっかりやるべきなんじゃないかと思う。


もう一つは、被害者にそこまでさせるのは、被害者にとってもよくないのではないか、ということ。

自分には経験がないから想像でしかないが、凶悪犯罪の被害に遭って犯人のことを本当の意味で赦せるという気持ちになれる人なんて、本当にごくわずかの人たちだろう。いないに等しいだろう。 だとすると、ほとんどの人たちは、事件にあった悲しみ・苦しみや、犯人に対する殺してやりたいほどの憎しみを抱えながらも、生きるためには、それを乗り越えていかなければいけない。 被害者保護というのは、この乗り越えていく努力を手助けするものでなければいけないのだと思う。

だけれど、被害者に被告人質問をさせることが、そういう意味での被害者保護になるんだろうか。

被害者は、被告人に対して質問をぶつけることで、憎しみを乗り越えることができるのだろうか。

俺は、そうは思わない。

感情をぶつけることで憎しみが消える、なんていうもんじゃあないだろうと思う。

被告人と直接公判廷で対話をするということになれば、被害者がますます傷つくという二次被害は容易に想像できる(被告人からの罵声、あるいは全く反省を見せない被告人の態度等により)。

いずれにせよ、この制度には危険を感じます。 被害者の思いを裁判官に届けるなら、今ある意見陳述の制度で十分でないかと思ってしまいますが、どうでしょう。


検察官が自分たちの代弁者として一生懸命仕事をしてくれている。裁判官が自分たちのことを少しでもおもんばかって判決を書いてくれた。あるいは、弁護人だって被害者である自分たちのことを少し配慮してくれた。

そのように、周りが被害者のために懸命に仕事をしてくれた、と思うことで被害者の気持ちというのは慰謝されていくものではないか、と思います。
だから、法曹は、どんな立場にあっても、被害者にそう思ってもらえるような仕事をしなきゃいけないんだろうと、思います。



裁判員制度

最近、全国各地の裁判所で裁判員制度の模擬裁判が行われているみたいですね。
うちの裁判所でも、先日模擬裁判がありました。
刑事部の裁判官、検察官から、弁護士も多数参加されていました。参加されていない弁護士も、傍聴に来ていたりしました。準備もなかなか大変だったようです。注目度の高さがうかがえました。


それを見ていて、裁判員制度について、思うことがあったので、書きます。
裁判員制度というのは、社会の耳目を集めるような大事件の刑事裁判に国民の意思を反映させようってことで導入されようとしてる制度です。

裁判員制度については前々から「どうなんだろうなー」って思ってましたが、こっちに来て模擬裁判を見るにつけても、やっぱり俺は、この制度に反対です。
反対派の意見としてよくあるのは、参加する側の国民の負担が大きすぎる、というものがあります。 もちろんそれも感じますが、それより俺が感じたのは、「裁判所・検察官・弁護人側の負担」です。


例えば。


刑事裁判には、人定質問や起訴状の朗読といった手続に引き続き、冒頭陳述といって、検察官がこれから証拠によって証明しようとする犯罪事実の概要を裁判官・裁判員に説明する手続があります。だけれど、ほとんどの裁判員の方は、冒頭陳述というのがいったいどういう趣旨の手続なのかを知らない。そうすると、検察官は事件の概要以前に、「冒頭手続というのはこういう手続です」という予備校の授業みたいな説明を延々とやらなくちゃいけない。これだけのために10分くらい使うわけです。しかもそれは何も冒頭陳述だけじゃなく、要旨の告知、証人尋問、被告人質問、論告、弁論と、聞き慣れない手続が始まるたびに説明をしなくちゃいけない。
裁判員の方だって、大変だと思います。 普段は全く関係ない仕事をしていて、法律の勉強なんてしたことがないという人にとっては、何の基礎知識もない状態でいきなりそんな専門的な知識を叩き込まれるんだから、10分足らずで理解できるはずがありません。


事件の内容に関してだってそうです。
殺人だの放火だのという犯罪ならまだいいけど、事後強盗致死なんていう犯罪だって、裁判員裁判にかけられる可能性があるんです。
「事後強盗致死っていうのはこういう犯罪です」っていう説明をまず控え室で裁判官が行い、起訴状朗読の際にも検察官が再びやるわけです。
これもまた、数十分の説明で何とかなるもんじゃありません。これが分からなくて司法試験に何年も受からない、なんていう人だっているぐらいの難問ですから。


このように手続にいちいち時間がかかることの一番の問題は、コストです。
これらの裁判の手続は、公費でまかなわれているということ。 そのようにして手続に手間取っている時間も、裁判官・検察官の給与は税金から出ているわけだし、国選弁護の場合には弁護費用だってそうです。裁判所を開廷しているだけで、確実にコストはかかっていくんです。
裁判員は事件毎にランダムに選ばれるわけだから、裁判員はほぼ初めてなわけで、毎回毎回事件ごとにこの説明が繰り返されるわけです。


この説明というのは、プロの現場の裁判官・検察官がすべき仕事なんだろうか。
俺は、そうは思いません。
彼らには、裁判員裁判以外にも、通常のこなさなければならない事件が山積みなわけで、はっきり言って時間のロスです。
また、実務家である彼らには、そのような大学の授業のような説明が向いていない方もいるでしょう。
いずれにせよ、彼らに追わせる負担ではないだろう、というのが率直な感想です。


じゃあ、どうすればいいのか。
義務教育のカリキュラムの中に、法律科目を組み込むべきだと、俺は思います。
小学校には道徳、中学高校には倫理というクソくだらない授業がありますが、あれをこの際撤廃して、「法律」という科目を作ったらいいと思います。

誰が裁判員になるか分からない時代になるわけですから、「どういう行為が法律にてらしていけない行為なのか」「日本の裁判の手続というのはどうなっているのか」ということを小さい頃から知っておくことは、とても有意義だと思うんです。
道徳や倫理よりも、結論がはっきりしている学問だから、日本の受験制度にも馴染みやすいと思うんですが。


いずれにせよ、裁判員制度の導入は、国民全体に刑事手続についての基本的な知識が定着してからにした方がいいんじゃないかな、と思います。




松村